
『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』(ナツメ社)
『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』(ナツメ社)の著者で、ジェンダー・セクシュアリティの研究者である石田仁さんと、社会学・BL(ボーイズラブ)の研究者である金田淳子さんとのトークイベント「カネジュンとともに学ぶLGBT」が、2019年1月に行われました。「LGBTブーム」と言える昨今、本書刊行の意義や経緯、わかりやすさのためのイラストに秘められたこだわり、ジェンダー・セクシュアリティ関連の入門書で取り上げられることがなかったというBLについて、ユーモアを交えながら既知の仲のお二人が話していきます。

石田仁(いしだ・ひとし)
性的マイノリティをテーマに幅広く研究。専門は男性同性愛の戦後史。グループ研究では性的マイノリティに対する意識調査も手がける。主著に『はじめて学ぶLGBT─基礎からトレンドまで』(ナツメ社、2019)、編著に『性同一性障害─ジェンダー・医療・特例法』(御茶の水書房、2008)、共著に『性欲の研究─東京のエロ地理編』(平凡社、2015)、『セクシュアリティの戦後史』(京都大学学術出版会、2014)、『図解雑学ジェンダー』(ナツメ社、2005)など。博士(社会学)。成蹊大学などで非常勤講師。

金田淳子(かねだ・じゅんこ)
やおい、ボーイズラブ、女性向け同人誌など、いわゆる「女性を主な担い手とするおたくカルチャー」について研究。やおい的、またフェミニズム的な視点から、少年マンガ、ドラマ、映画などポピュラーカルチャー評論も行っている。共著に『文化の社会学』(佐藤健二・吉見俊哉編著、有斐閣、2007)、『オトコのカラダはキモチいい』(二村ヒトシ・岡田育・金田淳子、KADOKAWA、2015、文庫版2017)。
『図解雑学 ジェンダー』から13年
石田 今回のこの本、実は後継書なんです。最初の本は、ナツメ社から出ている「図解雑学シリーズ」の『図解雑学 ジェンダー』というものです。加藤秀一先生と、海老原暁子先生といっしょに書かせていただきました。
金田 『図解雑学 ジェンダー』は、ものすごく良い本なんですよね。「初めて読むジェンダーの本でわかりやすくて良いものはないか」って聞かれたとき、まずこれを挙げることにしています。網羅的に、見開きごとにテーマがあって、(そのテーマごとに)参考文献がついてるから自分が興味あるところをさらに読んでいける。あと何回も改訂されてるのでデータも新しくなっているし、研究者から見てもわりと深堀りしてある。ただ唯一薦めづらいのは表紙で、この本が良いって伝わりにくいじゃないですか(笑)。でも2005年に出版された当時、石田さんに「これちょっと表紙がいまいちだと私は思います」って言ったら、「僕はエヴァンゲリオンみたいでいいと思う」って。
石田 こういうのいるじゃないですか?
金田 それ、私たちの知ってるエヴァンゲリオンと違います! 石田さん見てないんじゃないか!? と思ってました。
石田 エヴァンゲリオンに対する解像度が金田さんと僕とで100倍ぐらい違うということですね。あ、客席から量産型って聞こえましたが。
金田 100倍っていうか全体が違う、量産型のあれともちょっと違うような……って、そういう問題じゃないんですよ!

『ジェンダー (図解雑学) 』(ナツメ社)
セリフにクイア性を潜ませる
石田 ナツメ社からは後継書の位置づけで、現在展開している「スッキリわかる!」シリーズでの出版を打診されました。このシリーズは表紙の下にマンガがついていて、本文のレイアウトにおいても図解やイラストにこだわっています。打診は2016年の秋でした。しかしすでにLGBTの本はたくさん点数が出ていて、雑誌でもあらかたLGBT特集が組まれ、一巡していました。だから実のところあまり乗り気ではなかったんですね。最初打ち返したメールには「LGBTの本は飽和している」と書きました。
金田 確かにたくさん出てた感じはある。
石田 専門家向けの本も多数刊行されていたので「明確な差異をつけないと中途半端なものになる。けっこう厳しいです」とも書きました。しかし、前書で大変お世話になった編集者や編集プロダクション(office 201)の方も編集体制にいらっしゃったし、私がPCの参考書で分かりやすいなと思っている本がナツメ社の刊行でもあることを考えると、このメンバーなら本質にして簡明を目指すLGBTの本がつくれるのではとも思ったんです。相談をしていた加藤秀一先生からも、「『図解雑学 ジェンダー』のように大学生中心の読者を想定し、広くトピックを扱いながらも一歩踏み込んだ内容かつ中項目事典的な利用法もある本だったらいけるんじゃないか」と連絡があったんです。
金田 建設的なね。
石田 ですです。そうした本が作れるのならば「新企画は十分に意義があり、それほど悲観しなくてもよい」という助言をもらいまして、企画はスタートいたしました。ただ、最初の原稿をあげるまでにすごく時間がかかったんですね。日本のLGBT状況を網羅してほしい、そういった入門書はないはずだ、というのが編集側の目論見で、たしかにその通りなんですけど、「網羅」ってどこから手をつけるの? みたいな。企画が通ってからうっかりゆうに半年は寝かせてしまった、みたいな。書けなくて自尊心はどんどん低下していく。下がった自尊心は乳首を開発して向上させよう、みたいな気の迷いもありました(笑)。
そこから2年、2018年の8月にようやくほぼすべての原稿を出し終えました。ちょうど杉田水脈問題が燃えさかっていた頃です。10月に下旬に初稿ゲラを戻し、二稿ゲラを戻し、1カ月後に色稿を戻しました。原稿があがってからすごいスピードです。どんだけナツメ社とオフィス201さんが頑張ったかって話ですね。最後の方は、ゲラがあがってきて翌日に返すことをしましたのでファミレスで徹夜。そのまま健康診断いったらγ-GTPが4倍の値になっていてめでたく再検査です(笑)。で、びっくりしたのがイラスト。二稿までと色稿とでは違いがあって、頬骨のところに老け線が入ったんですよ!

『はじめて学ぶLGBT』(ナツメ社より転載許諾済、以下同様)
金田 急にね。石田さんがすごい気にされてるんだけど、私は単に頬骨を表す漫画の記号だと思ってて。
石田 あれだけ原稿出すのが遅れたので、これは意趣返しだ、なっなっナツメ社やりやがったー!と思いました(笑)。この線ひとつで10歳老けこむ強力な魔法です。でも、思い直したんです。今回もナツメ社は、10年経ったのちにも売ろうとしているのだろうと。出版業界が厳しいこのご時世で、前回の『図解雑学ジェンダー』は10年以上も売れ続けている。
金田 綺麗にまとめないでいただきたい。これは単なる線ですね(笑)。
石田 まあ冗談はともかく、いろいろと工夫していただいたので、今日はイラストに主眼を置いてトークをしたいのです。例えば日本人男性の約5%は色覚障害を持つと言われているんですね。いろいろと調べていただいた結果、同じ二色刷りでも、他の「スッキリわかる!」シリーズにあるようなピンクっぽい色ではない方がよいことが分かりました。
金田 オレンジっぽいのにした。
石田 はい。LGBTについて考えるってことは、ほかの様々なマイノリティについても考えるということかと思います。ほかにもいろいろとイラストに関する試行錯誤をしました。例えば第3章「性的マイノリティの心と体の健康」の扉マンガ、ここですね。
金田 (石田さんといっしょにいるトランス女性の歌手に)「ファンです」って、歓喜する男子学生のたくやがいますね。
石田 ドラフト(試案)の段階で、歓喜するのは女子学生のめぐみだったんですね。マンガパート全体を俯瞰すると、感情の形容詞は女子学生が発することが多く、理知的な説明を男子学生がしているって展開になっていた。確かに一般の読者にしてみたらこれが当たり前と思うかもしれません。
金田 偏見を利用してわかりやすく読ませるという手法はよくマンガとかでも使われてるわけですけど。
石田 なるほど。そういう手法を意識した上で描いているイラストレーターさんはすごくスキルが高いと思うんです。でもこのまま出したらちょっと問題かもしれない。ほかならぬ、ジェンダーやセクシュアリティの本ですものね。だから男女登場人物の発言を逆転させました。あとトランス女性の歌手と私の背の高さもドラフト版から変えてるんですね。これは私の背が低いからですけど(笑)。
金田 本当だ。石田先生の背が低くなってる。
石田 他にも例を挙げましょう。第4章「性的マイノリティをとりまく法律上の問題を考える」の扉マンガです。同性婚の新婚旅行で日本にやってきた男性カップルに対して、居酒屋でバイトをしているたくやが接客をして、その後、めぐみや「石田先生」に話す場面です。原案では、めぐみが接客をしていて、最後のコマでめぐみが「いいな~、世界旅行。ロマンチックね~」って嘆息して、たくやが「落ち着いて」のツッコミで終わっていたんですね。
ここにも感情に没入する役と理性的に諭す役があり、前者が女性に、後者が男性に割り当てられていた。なので、逆転させました。ただし、完全にひっくり返すんじゃなくて、「あこがれるわ〜」としました。男性が「わ~」を使っていると「おや?」と読者は思うでしょう。ひっくり返ししつくさず、わざと残せば、社会が期待する男女のジェンダー役割を浮き彫りにできると思ったんです。模倣を完全な模倣にしないことで、クィア性を帯びさせられるかもしれないと考えました。
金田 男の子だけど「あこがれるわ」と(女性ことばとされる語尾で)言わせることで、「それもありじゃないか」と読者に思わせるってことですよね。
石田 ──という話を授業でしたんですけど、ある学生から「今“あこがれるわ~”って男女共に使いますよ」って言われまして、私のセンスが昭和であることが分かりました(笑)。とはいえ、男性は「あこがれるわ~↓」とは言うけれど「あこがれるわ~↑」とは言わないですよね? イントネーションを制御することで話者自身が男であることを周到に自己呈示しているとは思うんですけどね。マンガパートにおける男性の登場人物が男らしさからどう距離を取るのかは、本書を作るにあたって難しかった点の1つでした。これもそうです。
ここにお見せするのは、「石田先生」がマンガのキャラクターとして最初に登場する重要なコマです。あいさつの言葉として、ドラフト段階では「やあ」って書かれていました。けど、まず自分自身が「やあ」って使わないということと、「君たち」…「やあ」の流れがちょっと男性っぽいなと。「男性的なるもの」から距離をとるために、「こんち」というセリフに変えたんです。
金田 いまお客さん全員わかったじゃないですか、一瞬で。(会場爆笑) これはどうしても別のものに見えてくるかな(笑)。
石田 会場にいるナツメ社の担当者さんは気づいてましたか……?(首を横に振る返事) 今日のお客さんはリテラシーが高すぎるのではないかと(笑)。というのもですね、本シリーズをいろいろと読んでいると、ナツメ社は、それぞれの本の著者を人畜無害な方へ方へと描こうとしているんですよ! この本を出した後も、研究者から一番受けた批判は「これは石田さんじゃない爽やかな別の何かだ」と言われたことでした。ナツメ社の人畜無害化に対抗しつつ、「男性的なるもの」から距離を置きたかったので、「その」言葉を逆さにして「こんち」を入れておきました。ナチスが同性愛者をこの世から抹消するために逆三角形のピンクトライアングルの標章を囚人服に縫いつけて強制収容所に入れていたことがあったんです。のちの1980年代、エイズ危機の時代に国がエイズ患者や性的マイノリティを黙殺しているときに、社会運動の文脈においてはそのピンクの三角形を逆にして“We’re here, we are queer, get used to it!”(「わたしたちはここにいる、わたしたちはクィアだ、いい加減それに慣れろ!」)と主張しました。それと同じ精神でですね──
金田 高級そうな感じに言わないでください(笑)。「こんち」は流行っていくんじゃないですかね、今年の流行語大賞的な。あとこの3ページの致命的な誤植について言っていいですかね。
石田 すいません、そうです。誤植があるんです。
金田 「トランスジェンダー(性別超越者)」って書いてあるんですよ。3度見くらいしちゃいました。超越ってニーチェっぽい感じ? 私が不勉強なだけで最近はそういう訳を使うの? って石田さんに聞いちゃって。
石田 三橋順子さんも指摘してくれたんですが、そのときも「最近はそう言うのかな?」みたいな感じで聞かれたんで……。すみません、言いません。
金田 超越者っていう言い方あるんだろうなって思いますよね。これはちょっと恥ずかしいページなんで、みなさんさらすのやめてくださいね。多分2刷で直る。
石田 2刷で直ります。そのためにも1刷が売れないといけない!(※2刷でなおりました)