「寄り添う」でも「理解する」でもない、ともに学ぶ「LGBT」/石田仁×金田淳子

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一方的な「なぜ」から、自発的な「どのように」の問いへ

石田 今回この本の中で、BL(ボーイズラブ)に関するものを3項目、6ページ書かせていただきました。

金田 BLって、触れたくないのか、ジェンダーやセクシュアリティ研究専門の人がよく知らないジャンルなのか、女性の間で一大ジャンルになっているのに、この手の「LGBTの入門書」ではまったく触れてないらしいですね。

石田 そうですね。Q&Aでちょっと出てくることはありますけど、「BLの登場人物とゲイは違う」それで終わり、みたいな。それ以上踏み込んだ本は、私が見た限りでは1冊もないですね。

石田 ここではじめて会場の皆さんに明かされる事実ですが、実はBLの各項目のタイトルや内容についてはBL研究者である金田さんと掘あきこさんに相談していました。最初の項目名を見てください。「ボーイズラブ / 女性が女性向けに描く 男性同士のラブ&セックス」(会場爆笑)

金田 「男性同士のラブ&セックス」。もともとは「男同士の恋の物語」だったんですね。私としてはきれいごとをぬかすなと。書いてんのはラブだけじゃねえだろと。

石田 ラブ抜きの物語もある、物語ではないものもあるっていうことですよね。

金田 「セックス&セックス」みたいな作品もあるから、少なくとも「恋愛とセックス」とかにしろと。それが座り悪いんだったらラブ&セックスにしたら? って。

石田 おかげでここだけ『an・an』みたいな項目名になりました。だから読むとキレイになります(笑)。BLの項目の原稿については、つくり手、読み手の定義やコミケの説明、イラストなど、仔細にわたりコメントをいただきました。金田さん・堀さんありがとうございました。

「寄り添う」でも「理解する」でもない、ともに学ぶ「LGBT」/石田仁×金田淳子の画像9

金田 ──と丸くおさめたいところですが、このイラスト、メインのサークルが若干となりのサークルにポスターをはみ出して貼ってますね。これはちょっと迷惑行為ではないか。

石田 ええ!?

金田 と私は思ったんですよね。両隣のサークルさんが気にするだろうし、スタッフが指導してくるなと思った。あと、若干小さい会場であることもわかる。なぜかというと、壁の位置がすごく近いからですね。コミケの規模ではない。

石田 コミケよりは小さめな会場の即売会だと。

金田 イラストがけっこう細かく描かれてるので、ここからつかめる情報がいっぱいあると思いました。ともかく、このBLに関する6ページに関しては、イラストも入ってるし、字数も少ないのに要点をつかみよるな、枝葉末節にとらわれねえわ、骨太だわってすごい感動したんですね。ポスターの位置とか気にしてる場合じゃなかったんですよ!(会場笑)

石田 いい先行研究がBLで出ているからですよ。

金田 いいこと言うな。社会学者・金田淳子さんって人の整理の仕方がすごいわかりやすかったということですね。ちょっと先行研究を見ていきますか。

石田 いきましょう。金田さんが先行研究をまとめた経緯やBL研究をやってきたいきさつなどを説明していただいてもいいですか?

金田 私がやおい研究を90年代に志したときには、ほとんどアカデミックなものはなくて、やおいに関する社会評論みたいなものが多かったんです。やおいを読んだり書いている当事者によるものであっても、なんで私たちは女なのに男同士の恋愛のこと書いちゃうんだろう? なんで好きなんだろう? っていうことをずっとやってたんですよ。ほとんどが。有名なところだと中島梓さん=栗本薫さんの……

石田 『コミュニケーション不全症候群』(筑摩書房)。

金田 そうそう。やおいの小説ジャンルで、『JUNE』(マガジン・マガジン)という専門誌から後輩を出していくにあたって立役者となられた方が、コミュニケーションが過剰適応――要するに社会との関係が不適切な人たちがやおいを好きになる女性であり、あとは拒食症の女性、おたくでロリコンの男性だ、とその本で書いたんですね。これは大変な偏見でもあるんです。その本が出たときにすぐ読んで、こんなのあってはならないと思ったんですよ、正直。私がずっとやおいが好きできたのは、社会に対して適応の仕方が間違っていて、「いずれ治されなければいけない疾患」みたいに言われるためではない。と。そのジャンルの大家である人にすら、やおいが好きなのは間違ったことで治さなければいけないことのように言われてしまったわけです。当時はほかにその手の評論本がなかったというのもありましたし、本当にそうであるかのように社会に受け取られていたというのもあって、生きづらすぎるだろ、てめえと思って。

石田 中島さんの本に言葉を奪われたような感じだったと。

金田 その当時は、今よりももっとやおい好きの自分を後ろめたく思えっていう世界ではあったんで、事実として、「自分たちはいけないことをやっているんだ」と思っている当事者も多かったとは思います。けど、私たちはやおいを描いたりみんなでキャッキャって同人誌やってるとき、こんなに楽しいのに、やおいを論じる時、なんでこの楽しさが注目されないんだろうと思ったんです。そこで、まず、先行研究というか言説を集めてみたんです。そしたら本当ろくでもない言説しか出てこないんですよ、90年代って。「女性にはオタクはいない」って言い切ってたりとか、やおいを好きになる理由を「性的に未熟なので性が恐いから」っていう説明が多かったり。もし本当に性を恐れてるからだとしたら、異性愛の男性たちが親しんでる創作も、ほとんどのものが、性を恐れてるから読まれてるってことになりますが、なぜか男性はそういう風には言われないですよね。あと「女性が嫌いだから女性キャラを出したくない」っていう説とか、男への復讐説とか、そんなのばかりで。

石田 そのころ「なぜの問い」が充満してたんですね。

金田 この論点について私が整理したとき、私も心理学と精神分析に対する理解の低さから、かなりいまいちなタイトルをつけてたんですけど、それを石田さんがちゃんと翻案してわかりやすくれました。〈「なぜ」の問いと「どのように」の問い〉っていう。BL好きですって言うと、「なんで好きなの?」って繰り返し聞いてくるわけですよ。石田さんの本では〈片道通行〉って書いてくれてますけれども。

石田 常にマジョリティが透明で安全な立場に立ったまま、マイノリティに「なぜ」という問いを発している。

金田 あなたは一般と違う、変わってる、正常じゃないからこの問いに答える義務がある、みたいな感じなんですね。自分自身も一般とは違うなっていう意識はあるからついつい真面目になって答えなければいけないと思ってしまうんだけど、本当は答えなくていいはずじゃないですか。じゃあなんであなたは男女の恋愛ものが好きなの? って聞き返せばいい。あと、百合ものが好きな男性に関しては、ほぼこの問いがされていないんですね。男性が女の子に惹かれるのは当たり前、女の子同士のピュアなものであればより一層惹かれて当然、とされている感じがある。

石田 女性が男性同士を好きな理由は聞かれ続けるけども、逆はそうではないってことですね。

金田 この問いって、恐らくセクシュアル・マイノリティの人が置かれてきた状況と似ている。なんで男なのに男好きなの? とずっと言われて、それを説明しなきゃなんない気持ちにさせられているという。

石田 なんで女なのに女が好きなの? なんで女から男になるの? もそうですね。

金田 だったら、おまえはなぜ男で女が好きなのかを説明しろよって。石田さんは『はじめて学ぶLGBT』でさらに踏み込んで書かれていて。

石田 金田さんの論文に書かれている内容を私なりに言い換えると、「なぜ」の問いとは別に、「どのように」の問いが立てられるんですね。この「どのように」っていう問いはいろんな展開の仕方ができる。例えば、今の日本や世界において、男同士の絆を男性同性愛的な欲望として読み取らせないような社会構造があるわけですね。それをイヴ・セジウィックは「ホモソーシャルな社会というものは同性愛嫌悪(ホモフォビア)と女性嫌悪(ミソジニー)から成り立っている」と説明しました。ホモソーシャルな社会では男たちが利権を握っていますが、その男同士の距離が近かったり親密だったりすると、「ホモじゃないから」っていうふうにことさらに否定しなければいけない。そういった世の中の男たちのお作法がある。しかもこのお作法によって同性愛蔑視は社会で一層増大する仕組みを持っています。

金田 私たちが「それBLじゃん」っていうと、「女の子にはわかんないだろうけど男にはこういう友情があるんだよ。同性愛じゃないんだよ」っていうふうに言ってきたりするわけですね。

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