米津玄師の問題提起ツイートに考える、暴力的な教育を肯定する世論への違和感

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 当時、事件を取り上げた連日のワイドショーでも、男性教員に同情的な意見が多かった。たとえば『スッキリ』(日本テレビ系)の加藤浩次は、完全に教師側の視点に立って「もし“ほら、やってやったよ、あの先生。処分を下さしてやったよ、俺が”って生徒が言ってるんだったら、“大人ナメんな”って話ですよ」と生徒を厳しく糾弾した。

 さらに『バイキング』(フジテレビ系)のヒロミは、「このガキども連れて来たらシメたい。全員まとめて。本当に大人をナメているというか、生徒としての資格がないよね。学校の教師の資格がないという人もいると思うけど、こいつらに生徒としての資格はない」と怒りを露わにしてはばからない。教員から殴打され怪我を負った生徒を心配する意見もほとんど見られなかった。

 これに世論も同調、ネット上では批判の矢面に立たされた男子生徒たちへのバッシングが加速し、Twitterアカウントや本名まで特定される炎上騒動に発展した。

 大人たちは「子どもにバカにされた大人」として映った教員への同情と共感によって、体罰を肯定してしまった。あたかも教員の“暴力”そのものを肯定し、正当化するような世間の雰囲気には違和感しかなかった。

 教員はカッとなって瞬間的に手を上げてしまったようだが、暴力に訴えるのではなく、別の指導方法を考えるべきだった。それができなかったのは、それこそ“指導能力のなさ”に起因した問題ではなかったか。

 もちろん、目に見えるものだけが“暴力”ではない。前述した米津のツイートのように、心を傷つけるような指導もまた“暴力”だ。米津の主張は、こうした“暴力”を時として肯定してしまう世間の風潮に一石を投じるものといえる。

 一部ではアーティストの米津が楽曲の外で強く主張することに批判的な声もあるようだが、必ずしも「音楽で表現」する必要などない。言葉で伝えればよいのだ。

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