内田裕也と樹木希林が殴られ殴り返し、生涯“夫婦”を貫いた理由

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内田裕也さん公式サイトより

 今月17日、ロック歌手・内田裕也さんが都内の病院で死亡したことがわかった。昨年9月には、妻で女優の樹木希林さんが全身がんのため亡くなっており、その約半年後に内田さんも旅立つこととなった(以下、敬称略)。

 内田と樹木が結婚したのは1973年。しかし、内田のDVや不倫が重なり、1年半あまりで二人は別居することとなり、1981年には内田が樹木の同意を得ずに離婚届を提出する。しかし、樹木は離婚を阻止するために裁判を起こし勝訴。その後も別居を続けたまま、二人は生涯「夫婦」であり続けた。

 世間では内田から樹木へのDVがクローズアップされることが多く、「壮絶」「破天荒」な夫婦関係だったとして知られている。しかし内田は離婚を申し出ていたという。なぜ樹木希林は離婚を認めなかったのか。

樹木希林が内田裕也を鉄パイプでボコボコにした事件

 内田裕也のDVは結婚後すぐに始まったようだが、樹木希林もそれに応戦し、黒電話で内田の頭を殴ったこともあったという。

 別居後の1995年には、内田と樹木の娘で女優・エッセイストの内田也哉子と俳優・本木雅弘が結婚。也哉子と本木の間に子供が生まれると樹木は、二世帯住宅を建て、同居をするようになったようだ。

 2011年発売の「女性セブン」(小学館)によると、樹木が新居を建てたことに内田は激怒し、度々「ファックユー、おれはどうなるんだあ!」などと叫びながら、二世帯住宅に襲来。そんな日々が続いたある日、樹木の合図で本木が内田にタックルをし、押さえ込まれた内田を樹木が鉄パイプでボコボコに殴るという事件が勃発したという。

 本木は2016年に出演した『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、当時の内田の様子について語っている。子供が小さかったため、暴れる内田を家に上げることはなかったというが、内田は本木のことをその時に演じていた役の名前で呼んでいたようで「(作品を)観てくれているんだ」と、少しほっこりしたそうだ。いずれにしろ警察沙汰ではないかと思わされるが、内田家においてはあくまで家庭内の問題だったのかもしれない。

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