内田裕也と樹木希林が殴られ殴り返し、生涯“夫婦”を貫いた理由

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内田裕也のストーカー逮捕でも離婚せず

 “何があっても離婚しない夫婦”として、長年マスコミの注目を集めてきた内田裕也と樹木希林だが、2011年に内田が交際相手の女性を脅迫し、女性の自宅に侵入したとして逮捕された際は「さすがに離婚するのでは」と囁かれた。

 内田が生涯で逮捕された回数は計3回。1度目は、1977年に大麻取締法違反で、2度目は1983年に刃物を持って音楽事務所に押し入ったとして銃刀法違反で逮捕された。そして3度目は、交際相手の女性に復縁を迫り、女性宅のポストに脅迫文を投函。女性宅の玄関の鍵を付け替えて侵入したとして、強要未遂と住居侵入の疑いで逮捕された。

 内田の3度目の逮捕を受け樹木は、集まった記者を自宅に招き入れ、謝罪の言葉を並べながら「被害届を出してもらえたことは内田のために有難い」「面会には行かない」と、厳しい姿勢を崩さなかった。しかし、やはり離婚については否定した。

<籍を入れた以上、引き受けていくしかない>
<夫の中には今も、純粋なもののひとかけらがみえるから>

 一方、起訴猶予処分で釈放された内田は後日記者会見を開き、樹木に対しては

<もちろん大好きですよ。でもほんとにおっかない。強い母親であり強い女優さんであり強い妻。土下座はしないけど、会ったらビシっとロックンロールらしく心から謝りたいと思います>

 と、内田らしい言葉で説明をした。

 樹木希林は亡くなる1年前に出演した『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、橋爪功から「別居を続けることはかなりのエネルギーがいるんじゃない?」と質問され、答えている。「社会的な問題が起きたらこっちにも責任が来る」と、内田の問題行為を匂わせながらも、自身の喧嘩っ早い性格を押さえるために結婚生活を続けていると説明した。そして、「世の中面白くなくなっちゃったから、ああいう破天荒な人のほうがいい」と、最後まで内田への愛情を滲ませたのだった。

 樹木希林の葬儀で、遺族代表の挨拶をした也哉子は、父から母へ宛てたラブレターが大切に仕舞われているのを発見したことで、二人の奇妙な関係性が腑に落ち、「長年、心のどこかで許しがたかった父と母のあり方へのわだかまりがすーっと解けていくのを感じた」と語った。愛情とは、そうわかりやすいものではないのだろう。

 生涯「夫婦」を貫いた内田裕也と樹木希林。暴力が介在するにもかかわらず、とかく美談として語られることへの違和感もなくはないが、二人にしか見えない絆がそこにはあるのだろう。

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