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「皆同じリクルート・スーツを着た就活生は没個性的」と言うけれど【日本・大阪】

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 これほどまでに女性のビジネスシーンの装いが揺れ続けていると、リクルート・スーツはもちろん、男性にスーツ着用を義務づける意味さえもよく分からなくなってくる。

 「TPOをわきまえた格好を」「他の人のことを考えるのがマナー」とビジネス・ファッション指南書では口すっぱく言われるが、そもそも、マナーとは何だろう?

 例えば、古典的なビジネスマナーではよく「黒タイツの着用はNG」と言われるが、黒とベージュで何がどう違うのか納得のいく説明ができる人はどれほどいるのだろう。一般的に肌色ストッキングよりも黒タイツの方が防寒性に優れるが、防寒、ひいては体調管理に気を使うことこそが社会人のマナーのような気がする。最大の違いは肌が透けることだが、肌が透けるから何なんだ? 足に社判でも押すのか?

 「スカートは膝にかかるくらいがマスト」と言うが、ロングスカートではなぜいけないのだろう。パンツ・スーツで隠れている部位をスカートになった途端に出さなければならない理由があるのだろうか。

 装いの必然性がなければ、そのように装うことが周りの人への配慮になるという理論も疑ってしまう。「でもやっぱりちょっと……」という気持ちに支配される時には、何に基づいての「やっぱり」なのか、後ろめたさの出自をよく考えたい。

 そういえば、デザイナー職の先輩は「お客さんのところへ行く日にはカジュアルな格好をする。デザイナー職歴が長そうに見えてお客さんが安心するから」と言っていた。戦略的に装いを変えることには、かなり納得感がある。「血行が悪くなると腰が痛くなり作業スピードが落ちるため、ジャージがベストな服装です!」と言うのなら脱がせる方がナンセンスだし、「服装のことを考えるリソースが惜しい!」と言うなら毎日同じスーツを着る方が効率的だ。要するに、仕事をするために来て(着て)いるのだから、パフォーマンスが最大限発揮できる装いなら何でも良いのではないかと思ってしまうのだ。スカートが膨らみすぎていてオフィスで邪魔になるとか、スパンコールが煌きすぎていて目が痛いとかでなければ、服装で他人に迷惑をかけることの方が難しいのではないか。

 それでは、全員同じ黒いスーツを着ることこそ良しとされた就活生が、訴求を期待されているものは何だろう。まさか、「今から私が訪れようとしている世界で、私はクソの役にも立ちません。何のバリューも生み出していない半人前であり、教えを請う立場である以上、余計なことを楽しんだり、規定に口を挟んだりするつもりは毛頭ありません」ということではあるまい。確かに仕事を教えてもらうというシチュエーションで、教えてくれる人に敬意を払わないというのは人間性に問題があるが、それはあくまでも人間性の問題であってファッションの問題ではない。大抵の人が本当は分かっているように、何を着ていてもナメるやつはナメるし、覚えないやつは覚えないし、悪口を言うやつは言うのだ……。

 同一化した就職活動スタイルは、これまでも繰り返し物議を醸してきた。最近では就職活動時のみならず、全てビジネスシーンでの女性のヒール着用も見直そうという運動がたびたび起こっている。

 とはいえ、それらを今すぐに体現しない学生さんが、ビジネスマンが、個人の性質によって保守的であると言うことは誰にもできない。今日・明日の面接会場では、暗黙のルールから逸脱すると落とされるリスクが確かにまだ存在している。反しがたい状況をそのままに「はみ出していいって言っているのに、はみ出さないってことは、はみ出たしくないってことなんでしょ」と片付けるのはあまりにも短絡的である。大体、「はみ出す」という時点で「はみ出すべきではないライン」があると言っているようなものだ。

 そういう意味では、黒い簡素なスーツに身を包んだ、20代前半であろう彼女は大きくは反旗を翻してはいなかった。概ねいわれた通りの格好で、たくさんのブースの前に立っていた。そして自分のポートフォリオを、希望する業界のあらゆる社員に見せまくっていた。彼女はなんだか元気だった。はみ出さないようにしていても収まりようがないという感じだった。

 白・黒・ベージュで埋め尽くされた空間で、彼女が動くたびに金色に近い茶色と濃い赤がゆらゆらと揺れる。あまりに激しく揺れるので、派手な色でなくてもどのみち見分けられるだろう、と思った。

 彼女の洋々たる前途を願い、私はブースに置いてあった設営用の養生テープを、船出のテープ投げのつもりで、少し転がした。

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