アカデミー賞『グリーンブック』は “白人の救世主” 映画なのか

文=堂本かおる
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 今年2月のアカデミー賞で作品賞を受賞した『グリーンブック Green Book』が日本で今、公開中だ。人種差別が激しかった1960年代前半のアメリカ南部を舞台に、白人と黒人が友情を育む本作は、「最高の奇跡」「感動の実話」(共に日本版の公式サイトより)として賞賛された。

 人種差別という、胃にずしりとくる重いテーマを扱いながら、ユーモアと音楽を巧みに取り入れることによって誰にでも消化できる上質の娯楽作品に仕上げたことが成功の鍵だ。何よりヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリという、それそれが強い個性を持ち、かつ水と油に思える俳優を起用。その二人の間に生じた絶妙なケミストリーこそが本作の魅力だ。その証拠に、粗っぽい白人の用心棒トニー・リップを演じたモーテンセンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、繊細な黒人の天才ピアニスト、ドクター・シャーリー役のアリは助演男優賞を受賞している(*)。

 だが、本作はいくつかの問題も指摘されている。実話に基づくストーリーではあるが、ドクター・シャーリーの遺族が「事実と異なる箇所がある」と訴えている。脚本は、こちらもすでに故人となっているトニー・リップの息子が手掛けており、ドクター・シャーリーの遺族は事前の打診や相談もなく、白人側の視点で書かれていると不満を漏らしている。批評家や観客からも、本作はハリウッドの典型的な「白人救世主」映画であり、かつ「マジカル・ニグロ」が活躍する作品だとの声も出ている。

『グリーンブック』
2019年アカデミー賞
 作品賞:受賞
 主演男優賞:ノミネート(ヴィゴ・モーテンセン) 
 助演男優賞:受賞(マハーシャラ・アリ)
 脚本賞:受賞(ニック・ヴァレロンガ他)
 編集賞:ノミネート

白人救世主映画

 白人救世主映画とは、差別や貧困など困難な状況にあるマイノリティ(黒人であることが多い)を、白人が救済するストーリーを指す。人種差別が当たり前の時代や地域に居ながら差別に違和感を持つ「良い白人」が、あることをキッカケに黒人と知り合い、そこから救世主となっていくパターンと、当初は差別心があったり、または無関心だった「悪い白人」が、やはり黒人との触れ合いによって救世主となるパターンがある。

 前者の例の一つは、アパルトヘイト(人種隔離政策)下の南アフリカ共和国を舞台とした、実話に基づく『遠い夜明け Cry Freedom』(1987)だ。黒人活動家スティーヴ・ビコ(デンゼル・ワシントン)とリベラルな白人ジャーナリストのドナルド・ウッズ(ケヴィン・クライン)は取材を通して親しくなる。ビコは政府に拘束され、刑務所内でのリンチで命を落とすが、政府は死因をハンガー・ストライキによるものと発表する。真実を公表したウッズは政府から追われるが、苦難の末に他国への亡命を果たす。

 実在の活動家ビコの人生を描いた作品と思って見始めると、後半はウッズがいかに政府の目をかすめて亡命したかを描写するサスペンス映画になってしまうのである。さらに、自身のジャーナリスト人生を賭してビコの死の真実を公表したウッズが英雄として描かれる。

 後者の例は、キアヌ・リーヴス主演『陽だまりのグラウンド Hardball』(2001)だろう。ギャンブル癖から多額の借金を抱えたコナー・オニール(キアヌ・リーヴス)は、嫌々ながら少年野球チームの監督を引き受けることになる。チームのメンバーは、シカゴの黒人ゲトーにあるプロジェクト(低所得者用公団アパート)に住む小学生たちだ。

 子供好きではなく、かつ銃暴力やドラッグが蔓延する黒人貧困地区の有様にも馴染めないオニールだが、少年たちと徐々に親交を深めてゆく。やがて自分でも驚くほど子供たちに「勝たせてやりたい」と願うようになり……。

 映画作品として『遠い夜明け』は絶賛された。『グリーンブック』同様、主役ふたりの演技が見事だった。南アフリカ共和国の若者たちの抗議デモの様子、同国の音楽も圧巻だった。『陽だまりのグラウンド』はそれほどの評価は得られなかったが、キアヌと黒人少年たちのほのぼのとした物語、銃声が聞こえたらバスタブの中に隠れるなどといったゲトーの描写を楽しんだ観客はいるだろう。

 白人救世主映画の問題は作品自体の良し悪しではなく、「なぜ、苦難を抱えて、それを乗り越えようとする黒人ではなく、助け舟を出す白人を主役に、白人側の視線で描くのか」だ。現実社会の事実として白人が社会的、経済的に優位にあり、救世主となる実例はある。しかし、あまりにも多くの作品が白人側の視点で描かれるため、問題視されているのである。

 以下は一般的に白人救世主映画と呼ばれる作品の、ごく一部。

『グレートウォール The Great Wall』(2016)
マット・デイモン/白人傭兵と宋王朝時代の軍人

『それでも夜は明ける 12 Years a Slave』(2013)
キウェテル・イジョフォー/奴隷と奴隷主

『42 ~世界を変えた男~ 42』(2013)
チャドウィック・ボウズマン/黒人初の大リーガーとチーム社主

『ヘルプ~心がつなぐストーリー The Help』(2011)
エマ・ストーン/メイドと令嬢

『しあわせの隠れ場所 The Blind Side』(2009)
サンドラ・ブロック/ホームレスのアメフト選手と養親

『ダンス・ウィズ・ウルブズ Dances with Wolves』(1990)
ケヴィン・コスナー/北軍中尉とネイティヴ・アメリカン

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