みんなただの石ころだけど、すごくなくてもいいじゃない?/ヨシタケシンスケさんインタビュー

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作品の“絶賛”も“炎上”も、著者だけに向けられちゃう

――そんなヨシタケさんですが、イラストエッセイ『ヨチヨチ父ーとまどう日々ー』の一部描写を取り上げられ、SNS上で少し炎上したことがありました。

 父になった瞬間の<正直な感想>として、<「出産する妻」にドン引き>し、<「生まれたての赤ちゃん」にショックをうけ>て、<いろんなことを思ってしまうけど、みなさんに気をつかって口には出しません。父になって最初の仕事は、「正直な感想を胸の奥にしまう」ことではないでしょうか>と、お子さん誕生時の気持ちついて描いた箇所ですね。

ヨシタケ:SNSの類をやらないと案外耳に入らないもので、僕はリアルタイムでは知りませんでした。だいぶ経ってから、「一時期、燃えていたよ」と教えてもらい知りました。

 もちろん炎上させたくて描いたわけではないし、「どこか一箇所だけをクローズアップされるとお手上げだ」ということがわかりましたね。

――事前に家族などに読んでもらい、感想をもらったりはしますか?

ヨシタケ:見せないです。出来上がるまで、編集者以外、一切見せません。特に子どもなんて、言うこと残酷じゃないですか。描き上げたものを子どもに見せて何か言われると、「そうかな……そうかもな……」と、ブレてしまうし。

 それが怖いので、本が完成して、「明日から本屋に並びます。どんなクレームがきても、直せません」という状態になるまで、一切見せません。

「ここを直すとなると、もう色々な人に迷惑がかかっちゃうんで! だって編集者もGO出したし!」って、責任をある程度誰かのせいにできる段階で初めて、人に見せられます。

 著者のなかには色々な方がいらっしゃって、「一言一句変えず、このまま本にしてほしい」という、100%自分で作る方もいますよね。そこまで自分のことを信じられるのって、本当にすごいと思います。

 一方の僕は、「だって、編集者がなんとかなるって言ったもん!」という担保がないと無理です(笑)。

 だからこそ、その本がいい結果になったら、お手柄の半分は編集者のものなんです。本って著者と編集者の二人三脚で、しかも「本にする」という決定権は編集者にあるわけで。だから、本が売れたら、著者と同じくらい編集者の方も評価されるべきだと思います。

 同じように、炎上したときは、著者を叩くだけじゃなく、同じように編集者も叩かれるべきなんですよ。

――「編集者はなぜこれを世に出したのか」と。

ヨシタケ:そうそう。著者のほかに、世に出していいと判断した編集者や出版社も叩かれるべきなんですよ。

 現状、褒められるのも貶されるのも著者ですが、誰かひとりに押し付けられるほど、世の中って単純なものでもないじゃないですか。

 なぜいま、ひとりだけに押し付けられる世の中なのかと考えると、そのほうが利点があるからだと思うんです。世の中がついつい流れていってしまうのは、大部分の人が、「そっちに流れたほうが心地いい」という利点があるからで。

 どんな人間だって、「自分だけ損をしたい」と思っている人なんているわけがないし、どんな人間も「できれば楽をしたい」と思っているはずで。「人って結構、同じことを考えているよね」というところをスタートにして考えなきゃいけないことがたくさんあると思います。

「案外みんな、夢なんてはっきり持っていないよね」とか、「綺麗事を言うけど、自分だってできていないよね」とか。それを、「だからダメなんだ」と非難するのではなく、「だからこそ、面白いことがあるんだよ」という着地点に持っていきたいんですよ。

 それができれば、普通に暮らしていること自体を、面白がることができますから。

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