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「そのままでいい」人なんて本当にいる? 美談を疑う子どもたちへ/ヨシタケシンスケさんインタビュー

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子どもの「選択肢を増やす」ことは、大人としての責任

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あああ

――絵本という形で子ども向けに出版する際、特に表現の熟考や慎重さが必要かと思いますが、意識していることはありますか?

ヨシタケ:炎上させまいと思っていても、「え、そこで!?」というところで燃えてしまうし、気にしだすときりがないし、どんどん言いにくくなるから、基本的には「小さい頃の自分がイラッとしないかどうか」を基準にしています。

 あとは、編集者の方の意見をちゃんと聞いていますね。

――編集者とはどんなやりとりがあるんですか?

ヨシタケ:シンプルですよ。「小さい子どもが読む際に、この表現だと伝わりにくいです」とか。

 僕はイラストレーターとしても仕事をしていて、たとえばコラムにイラストをつける際、文章に書いてあることをわざわざ絵にしないという暗黙のルールがあるんです。表現として野暮になるから。

 でも子どもは、絵と言葉を読み解くことに慣れていないので、「文章と同じことをあえて書きましょう」と。「その方が子どもはわかってくれるだろうし、同じことを描いたからといって、絵本自体の面白さは減りませんよね。それでわかってくれる子どもが1人でも多いなら、描いたほうがいいのでは」と言われて、なるほど、と。

 そういった、長年にわたり絵本を作ってきた人の意見は非常に参考になります。

――意外と規制のようなものがないんですね。

ヨシタケ:絵本を描き始めてびっくりしたんですが、意外となんでもいけるんですよ。最低限、子どもがなんとなく読めれば、やっちゃいけないことはほとんどない。

 なので、「ここはもっと自由にやっていいです」とか、「ここは言葉がわかりにくいので、言葉をおさえたほうがいいです」とか、編集者の方にいろいろと教えてもらってすごく助かっていますね。

 だからこそ、僕が最初から「絵本はこういうものだろうな」と自主規制して作っていたら、『りんごかもしれない』は生まれなかったかもしれません。

「飛び出したギリギリラインをちょっと引っ込めて、足りない部分をギリギリラインまで伸ばせば、“絵本”という表現に収まります」という、ギリギリラインを知っている編集者とともに着地点を探していった結果なので、本当に「編集者とふたりで作っている」という感覚です。

――最初は絵本に対して、「みんなほのぼの笑顔で、仲良しで」といった先入観があった……。

ヨシタケ:「みんな笑っていなきゃいけないのかな」とか、「うさぎさんは狼さんにいじめられなきゃいけないのかな」とか思ってしまいがちですが、そうではなかったんですよね。

 いい狼が登場してもいいし、いい人間がひとりも出てこない絵本があってもいい。そういう選択肢を増やしていけたらなと思っています。選択肢のなかで、読んだ子どもが自分の価値観にしっくりくる絵本を選べばいいと思います。

 美談しかないと、どれもしっくりこない子や、「しっくりこない自分は悪い人間なのか」と思っちゃうかもしれませんが、「そんなことはないんだよ」と伝えたいです。

 「選択肢を増やす」ことは、大人としての責任なんだろうなと思います。

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新刊「思わず考えちゃう」より。

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