東京家裁前で妻を刺殺した夫は“連れ去りの被害者”なのか

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夫は「愛する我が子と引き離された被害者」か

 さて、現段階ではまだ逮捕されたばかりでその背景について詳細はわかっていないが、この逮捕の一報を受け、“妻が子供を連れ去って家を出た”ということを「連れ去り」「誘拐」と称し、加害者である男性を擁護する動きが一部で見られる。

「子供連れ去り(誘拐)。突然、子供を連れて行方を眩まされた。恐らく住所秘匿の手続きを取られていたと推察します。子供が居なくなったら気が狂って当たり前。子供連れ去りは日本固有の闇なんです」
「日本の法律では女性の親権が優先されがちで、親権の無い方は子供に会えなくなることもしばしばあるため、諸外国では誘拐と批判されている」

 こうした声はTogetterにも『東京家裁の殺人事件について「子供の連れ去りのせいだ」という人達』としてまとめられた。彼らの価値観では、加害者である夫は「妻に突然子供を連れ去られた被害者」であり「日本がもっと早く共同親権や連れ去りへの対応をしていればこのような事件は起きなかった」というのである。

 このような声を上げる人々は、離れて暮らす実の親子が日常的かつ定期的に会い、生活を共にすることで子どもが両親の愛情を日常的に直接感じ、安心して成長することが出来る社会を構築するための『親子断絶防止法』制定を推進している。彼らは離婚に至るまでに妻が子供とともに家を出ることを「連れ去り」もしくは「誘拐」と称することが多い。この「連れ去り」により夫は傷つき、平常心を失ったというのである。

 だが冷静に考えて、事件の背景が詳しく報じられてもいないうちから「連れ去り」の存在を断定するのは早計。なかには「逆DV」など、被害者である妻から夫がDVを受けていたなどという声も上がるが、それこそ性急すぎる決めつけだ。

 離婚に至る過程で夫婦が別居を選択する場合、夫婦に子供がいれば、どちらかが子と一緒に暮らすこととなるのは必然だ。それを「連れ去り」と称し、被害者であるかのように吹聴するのは、問題の本質から目をそらしていることに他ならない。なぜ夫婦が別居に至ることになったのか、そこに目を向けなければならない。仮に「連れ去り」があったとして、かつては愛した自分の配偶者が「連れ去り」というありえない行動をとるに至った原因はなんなのかとよく考えた方がよいだろう。声高に被害者だと主張するのではなく、夫婦の関係に目を向けなければ、問題は解決しない。

 今回の事件も、夫のSNSだけを見れば「妻が子を誘拐した」という情報が得られることになるが、それはあくまでも夫の視点であり、イコール真実ではない。夫が妻を刺し殺したことは、事実だ。さらに言えば、仮に「誘拐」「連れ去り」の存在があったからといって、人の命を奪う行為は決して許されることではなく、「誘拐」「連れ去り」被害に遭ったから……で正当化できることでもない。妻を刺し殺したのは夫であり、夫が加害者なのだ。

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