人種差別映画:甘い『グリーンブック』と、痛みのスパイク・リー監督作『ブラック・クランズマン』『ドゥ・ザ・ライト・シング』

文=堂本かおる

社会 2019.04.04 20:05

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 前回の記事で書いた『グリーンブック』と、現在、日本でも公開中のスパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』は、ともに黒人差別問題をテーマとした作品だ。両作とも今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされたが、『グリーンブック』が栄誉を勝ち取り、日本でも好評公開中だ。

 2月のアカデミー賞のステージでプレゼンターのジュリア・ロバーツが封筒を開き、『グリーンブック』の名を告げた瞬間、リー監督は怒りの表情で席を立ち、出口へと向かった。セレモニー後のアフターパーティではなんとか気を取り直したものの、「これで6杯目のシャンパンだ」とグラスを傾けながらメディアからの質問を受けた。ただし、『グリーンブック』受賞についてのコメントを求められると、おどけながらではあるが「次の質問!」と答えを避けた。

 リー監督の『ブラック・クランズマン』はカンヌ映画祭で10分間ものスタンディング・オヴェーションを得るほどに絶賛されており、リー監督はアカデミー賞での作品賞受賞も期待していたものと思われる。だが、リー監督が気分を害した本当の理由は、『グリーンブック』における黒人差別および黒人と白人の融和の描き方だろう。

 『グリーンブック』は黒人差別の激しかった時代に天才黒人ピアニストが南部でのコンサートツアーに白人の運転手兼用心棒を雇うロードムービーだ。当初は黒人への差別意識を持っていた白人の運転手と黒人ピアニストが徐々に親交を深めていく、実話に基づいた物語だ。

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ウェジー 2019.03.28

アカデミー賞を逃した『ブラック・クランズマン』

 『ブラック・クランズマン』も実話をベースにしている。あらすじは、1970年代のコロラド州で黒人警官が白人になりすましてKKK(白人至上主義団体)への潜入捜査をおこなうというものだ。

 どちらもユーモアを散りばめ、それぞれの時代を反映する音楽をふんだんに使った作品だ。しかし、スウィートでほのぼのとしたエンディングを迎える『グリーンブック』と異なり、『ブラック・クランズマン』のラストは厳しい。観る者にいったんは一件落着と思わせながら、実は黒人差別は全く終わっておらず、2019年の現在も進行形の問題なのだ、その背後にはトランプの存在があると、みぞおちにガツンと一発喰らわせて終わる。

 どちらも事実を元にはしているが、リアリティに甘いフレーヴァーを添えた『グリーンブック』と、現実の痛みを痛みのまま表した『ブラック・クランズマン』。そのどちらをアカデミー賞が選んだか。リー監督の怒りはそこにある。

ブラック・クランズマン オフィシャルサイト

30年前の人種映画:『ドライヴィング・ミス・デイジー』

 アカデミー賞アフターパーティの席でリー監督は、「誰かが誰かの運転手になると、僕は負けるんだよね」と苦いジョークを口にした。これは1990年のアカデミー賞を指している。その年、リー監督はニューヨークにおける人種間の摩擦と暴動を描いた衝撃作『ドゥ・ザ・ライト・シング』で注目を集めていた。今とは異なり、黒人監督の作品が世に出ること自体ほとんどなかった時代に、黒人が主人公の強烈なテーマと、主演も務めたリー監督自身の強い存在感がセンセーションを巻き起こしたのだった。シカゴ時代の若きバラク・オバマとミシェル・ロビンソンも初デートにこの映画を選んでいるのは、よく知られたエピソードだ。

 ところが『ドゥ・ザ・ライト・シング』はアカデミー賞の脚本賞と助演男優賞(白人俳優)のノミネートだけに終わり、作品賞は『ドライヴィング・ミス・デイジー』がさらってしまった。1948年の南部で、年配の黒人運転手と年老いた白人女性が人種の壁を超えて友情を育む物語だ。『グリーンブック』も白人運転手と黒人の雇い主の物語である。今年も30年前と同様、黒人差別をほのぼのと描く運転手の物語に作品賞を取られてしまったというわけだ。

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