社会

日本語がわからないから教室で座っているだけ――おざなりにされてきた海外ルーツの子どもたちへの学習支援

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事実上の就学拒否?―「日本語ができるようになってから学校に来てください」

 Bさんは小学校低学年の時、日本で働いていた父に呼び寄せられ、東南アジアのある国から母親と共に来日しました。来日後、父親がBさんの就学手続きをしようと役所の窓口へ赴くと、担当者から「受け入れるのは学校なので、まず学校に問い合わせます」と言われました。学校からの回答は「日本語がわからない子どもを受け入れても、支援できる人が学校にいない。そのまま教室の中で放置となってしまう可能性があり、本人がかわいそうなので、どこか別のところで日本語を勉強し、日本語ができるようになってから学校に来てほしい」というものでした。それまでは就学の手続きは見合わせることになり、Bさんは就学を希望しているにもかかわらず、学校に通う事はできませんでした。

 幸い、役所の担当者が筆者の運営する支援の場の存在を知っており、紹介することができたためBさんは日本語を学習する機会を得られました。数カ月後にはコーディネーターの仲介の下、学校への就学手続きもできましたが、身近に支援の場がないにも関わらず、同じように日本語ができるようになるまでは学校に行けない、という状況の子どもは少なくないと見られています。

 このようなケースの内、多くの場合が学校には「悪意」がありません。むしろ、「支援体制もないのに受け入れをして、放置になってつらい思いをさせるのはかわいそう」という善意が優先し、やむなく受け入れができないという判断になったと考えられます。

自治体任せが招いた教育機会の格差に終止符を

 学校の中で放置されてきたA君も、放置を恐れて就学手続きがすぐにできなかったBさんも、いずれも自治体や学校の中で支援の体制がないことが根本的な要因となっています。

 長らく、政府の立場としては「外国人や海外にルーツを持つ子どもたちの状況は地域によって異なり、ニーズも違う。だから自治体が主体となって課題に取り組むべき」というものでした。しかし自治体に丸投げしてきた結果、その対応に大きな差が生まれ、中には適切な支援環境の不在が、子どもたちの心身の発達に重大な影響を及ぼしたと考えられる事態も起きています。

 2018年末の入管法改正に伴う議論の過程では、法案の中身が「がらんどう」で、拙速であるとの批判が噴出しました。まさに、その指摘の通りであり、体制の整備もないままに人手不足の穴埋めの目的で外国人を受け入れてきたがために生じたひずみは、すでに多くの海外ルーツの子どもたちを苦しめ続けています。

 現在、日本国内に在留する外国人、約270万人の内半数は永住・定住、長期滞在が可能な資格を有しています。筆者がこれまで支援の現場で出会ってきた海外ルーツの子どもたち約700名の内97%は、今後、日本以外に暮らす予定がない、帰国の予定はないと保護者が考えている家庭の子どもたちです。

 すなわち、日本社会に暮らす海外にルーツを持つ子どもたちの多くが、日本で教育を受け、日本社会で自立し世代を継承して行く可能性が高く、適切な支援体制を社会全体で整備しないことのリスクは、日本社会が負うことになります。

 改正入管法があってもなくても、日本はすでに、事実上の移民受け入れ社会となっており、待ったなし、の地点までコマを進めてきています。「移民が存在し、その子どもたちの教育は日本社会の未来を担う大人を育てることだ」という社会全体の共通認識の下、まずは政府がイニシアティブを取り、議論と同時に義務教育化も視野に入れながら、海外にルーツを持つ子どもたちの教育機会の保障を徹底してゆく必要があります。

 同時に、受け入れ体制が整備されていない自治体や学校での支援体制整備に対して十分な予算を伴った施策を展開することが求められます。繰り返しとなりますが、外国人が多く暮らす自治体や支援に積極的に取り組んできた地域では、様々な取組が実施されています。また、こうした地域では学校の外側でも、NPOやボランティア団体などによる支援の場が開かれていることが多く、地域全体で受け入れ体制を整備してきました。

 一方で、このような取り組みは外国人が多く暮らしている、学校に支援対象となる子どもが一定数在籍している、自治体が体制整備に積極的であり、地域にも支援の担い手が存在するという条件が揃っているからこそ実施できるものでもあります。外国人住民が少なくまた、自治体に予算も人材もなく、学校の外側でも支援活動が行われていないような地域との支援・教育機会の格差を是正し、全国どこに暮していても適切な支援にアクセスできるようにするには、インターネットを活用した遠隔地教育の推進など、これまでとは異なったアプローチも検討する必要があります。

私たち大人が、共生社会への第一歩を踏み出すとき

 受け入れ側である日本人の意識を変えてゆく取り組みも重要です。海外にルーツを持つ子どもたちの中には、日本で生まれ育ち、日本語はネイティブ、海外には一度も行った事がないという子どもであっても、見た目の違いや親が外国人である事などを理由にいじめや差別を経験する子どもが少なくありません。多様性の高まりに、日本の子どもたちの意識が追いついていない状況です。

 移民受け入れ先進国では、移民でない子どもに対する多文化共生教育をカリキュラムに組み込んでいる国もあります。また、「ダイバーシティ・トイ(多様性を有するおもちゃ)」と呼ばれる、様々な肌の色を集めた「肌色クレヨン」といった商品や車イスに乗った人形など、多様性を身近に感じながら子どもを育める商品の開発なども進められています。

 今後、いっそう増加が見込まれる海外にルーツを持つ子どもたちやその家族を含め、多様な人々が安心して暮らすことのできる社会を実現するためには、国のイニシアティブにおいて必要な施策の着実な実施が急務であることは言うまでもありません。しかし、どんなに言葉や制度の壁を超えるための施策を数多く実施したとしても、心の壁が日本社会と彼らとを分断し続けては共生社会の未来は遠のいてしまいます。

 新しい時代を生きる子どもたちが、多様性を尊重し、お互いに理解し合いながら社会を形成してゆく……そのための一歩を、現代を生きる大人たちが踏み出すべき時がきているのではないでしょうか。

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