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変えるべきは「表現」ではなく「実態」。これからの社会に必要な組織の多様性

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「Getty Images」より

最近、メディア上の広告に対して批判が集中し炎上するケースが相次いでいる。ごく近いものでぱっと思い出せるものだけ挙げても、自衛隊滋賀地方協力本部「守りたいものを、守れる人に。」、キリンビバレッジ「午後ティー女子」、LOFT「女の子って楽しい!」、牛乳石鹸「与えるもの」、宮城県観光「涼・宮城の夏」……と数々ある。

 ほかにも多々あるだろうが、こうして挙げてみるとそれらのほとんどが、女性たちからの抗議による炎上であることに改めて気づかされる。

萎縮するだけで問題解決しない「表現狩り」

 個々の具体的なケースにはそれぞれ具体的な事情があるので、ひとくくりにするのは乱暴なやり方ではある。とはいえ、そうした数々の事例のなかに共通の要素はあるように思われるので、ここではあくまで一般論として論じる。

 こうした状況が相次ぐのは、いくつかの要因が影響しているように思われる。たとえば、いわゆる #metoo 運動に象徴されるような、女性たちがこれまで甘受させられてきた不本意な状況に対して声を上げ始めたという流れは間違いなく関係していよう。海外でも似たような話がよく出てくるので、少なくともある程度は国際的な潮流に沿ったものといえる。

 また、ソーシャルメディアの普及も大きな影響を与えているはずだ。数多くの女性たちが自ら情報を発信し伝達していく力をもち、それをマスメディアが取り上げるかたちでさらに広めていくなかで、これまでは小さく散発的だった声が集まって大きなうねりとなって社会を動かしていく。

 さらに、批判を受けた側もそうした声に耳を傾けるようになってきている、ということも無視できない。もちろんその裏には上掲の要因があるわけだが、実際に企業の行動を変えるまでに影響力が増大している現状を踏まえれば、少なくともその程度には社会全体が変化しつつあると考えるべきだろう。

 こうしてみるとたいへん結構な話ではないかということになるのだが、世の中いい話ばかりとはなかなかいかないもので、逆にこうした流れに対する懸念の声も次第に増えてきている。

 特に懸念が多く寄せられるのは、こうした動きがしばしば残念なことに、問題について議論を深めることに結びつかず、単なる「表現狩り」のようになってしまう点だ。こうした事例が相次ぐことで表現全体の萎縮につながりかねない、と声を上げるのは、表現者や法律関係者だけにとどまらない。「悪い表現」を行う者が委縮して何が悪い、という意見もあろうが、そう簡単な話ではない、という理由を以下にいくつか挙げる。

万人の万人に対する闘争

 人の考え方は多様である。万人が受け入れられる表現は実のところそうそうない。極端な話、『アンパンマン』のような幼児向けアニメ、あるいは「今年も桜が咲きました」といったごくあたりさわりのない報道ですら、見て傷つく人はいる。誰かが「問題がある」といえば排除されることを繰り返していると、そのうちあらゆる表現が排除されることになる。悪い表現は規制すればいい、と単純に考えている人は、その「悪い」を誰がどのように判断するか、考えたことがあるだろうか。自分と異なる考え方をする人もいる、と想像したことはあるだろうか。かつて表現の自由は権力から表現を守るための理屈として唱えられたが、一般人の集合体が実質的な力を持つ現代では表現を押しつぶすのは権力だけではない。

 昔のことばで「万人の万人に対する闘争」という表現がある。人間の「自然状態」を形容したものだが、現在のソーシャルメディアの状況はこれと少し似ている。実際の暴力こそふるわないものの、誰かを言論の棒で叩けるのならば、自分も誰かに言論の棒で叩かれる可能性があるのだ。言論の自由はまさにそういう自由なのであって、誰かを特権的な立場に置くものではない。他人に対して厳しい状況を作ろうとすれば、結果的に自分に対しても厳しい状況を招く。自らがより強力な棒を手にしたとすれば、他者も同様ということだ。

 叩きたいが叩かれるのは嫌だと主張しても、説得力が薄い。たとえば「おっさんは社会のなかで力を持ってるのだから批判くらい甘受しろ」といった主張がよくみられるが、これは「おっさん」のなかにも社会的な弱者が数多く含まれることを考慮していない。「女性が貶められているケースのほうがはるかに多いのだからそちらが優先」といった理屈は、少数派なら踏みつけてよいという意見と見分けがつかない。強弱を逆転させても強弱の差に起因する問題がなくなるわけではないのだ。

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