――逆に言えば、被害を訴える側が「抵抗は困難だった」といくら言っても、「抵抗できたはずだ」と判断されてしまうこともありますよね。強姦罪の構成要件には、「反抗を著しく困難ならしめる程度」の「暴行又は脅迫」が必要となっていますが、現実の場面では被害者は「反抗すればもっとひどい目にあう、殺されるかもしれない」という恐怖から、従順にならざるを得ないこともあると考えられます。この矛盾は、法曹界ではどのように解釈されていますか。
山岸「いえ、法曹界においては、『その状況』において『被害者がおとなしくしていた(従順であった)』のは『反抗できなかったからである』と考えるのが当たり前なので、特に矛盾はありません。『従順であった』ことを判断要素とするのではなく、『その状況』を重視するのです」
――「その状況」次第ということになるのですね。性行為に際して「反抗を著しく困難ならしめる程度」の「暴行又は脅迫」が認定されず、被害者が反抗したことも認められなかった場合は、公判では「同意」と判断されるのでしょうか。
山岸「『暴行又は脅迫』が認定されない場合は、『同意』うんぬんよりも、『無罪』となります」
――現状、日本において、「同意」「合意」のない性行為それ自体は、刑事罰の対象にはならないという理解でいいでしょうか。
山岸「何とも言えません。同意がない中での性行為というものが、想定できないのです。したがって『暴行・脅迫があった』と認められればそれは『同意がない』となると思います。同意の有無と暴行・脅迫の有無は、同じ話なのです」
――では性犯罪において「故意」は認められなくとも、民事上の「過失責任」を問うことは不可能でしょうか。
山岸「性犯罪において故意が認められなければ無罪です。確かに民事上の責任の一つとして過失責任はありますが、過失で性行為をしてしまったという状況も想定できません。
そもそも、『暴行又は脅迫』の認定が難しいような事案は、検察側が起訴前に示談を勧め、起訴しないのです。
性犯罪は2017年の改正によって親告罪ではなくなりましたが、検察官が起訴するかどうかを判断する際には、『被害者の処罰意思』を最優先で考えます」
――被害者の処罰意思が強く起訴したにもかかわらず、「暴行又は脅迫」の認定はされず、無罪になるケースに関して、特にネット上ではやりきれない感情が広まっている印象です。「暴行又は脅迫」という要件を緩和すべきだとの意見も見られます。
山岸「私は、緩和すべきではない、という持論を維持しています。『刑罰』というものが、社会のルールを逸脱した行為・者に対する最終手段として位置付けられている以上、『性犯罪』が成立するための『暴行・強迫』の存否は慎重に判断すべきです。
批判を覚悟で言うならば、殴る蹴るといった暴力を用いたケースでない限り、『同意なく、無理やり』であったかどうかは『紙一重』の場合があるのです。
『性犯罪』が成立するためには、『相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫』という、ある程度強い『暴行・脅迫』が必要であり、『嫌がっていた』だけでは『性犯罪』とはなり得ないからです」
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相次いだ性犯罪の無罪判決。被害者側としては「抵抗すれば殺される」というほどの恐怖を抱き性的な行為に従ったとしても、加害者の行動が「暴行又は脅迫を用いて」にあたるかを客観的に立証することは難しい。「明らかな暴行又は脅迫」を用いてはいないが、意に沿わぬ性交を強いられるという性犯罪のケースを想定した、適切な法律はない。これは現行法の課題と言えるのではないだろうか。