モテはピンクなのか、ピンクはモテなのか、私たちはモテなければならないのか【日本・新宿】

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百女百様/はらだ有彩

 ひらひらのリボン。ふわふわのフリル。薄いシフォン生地。その全てが甘いピンクで作られている。生まれて初めて「ピンクを基調としたスウィートな装い」の女性を見かけたのは、アルバイト先の大学生協の食堂だった。

 田舎にぽつりと建っている大学の周囲にアルバイトの選択肢は少なく、私は友人の誘いで近くにある他大学の食堂の給仕をしていた。毎晩決まったメニューを提供する他、謝恩会やゼミのパーティーへケータリングを行うのが主な仕事だ。

 ある夜、学内の記念式典のようなものが開催され、20〜30人の学生と、教授・准教授らしき年配の方々の集まるホールで、私は忙しくビールを注いで回っていた。何を寿ぐ集会であるかという情報はスタッフには知らされない。私に分かるのは、今いる場所が教授・学生を問わず圧倒的に男性が多いキャンパスであるということだけだ。その日はとりわけ比率が極端で、出席者のうち女性は一人の学生さんだけだった。淡いピンクの、薄い生地でできたワンピース。白いクロシェ編みのボレロ。丸いエナメルのストラップシューズ。肌色ストッキング。ゆるく巻かれたセミロングヘア。ピンクのチークに、ピンクのリップ。

 このコーディネートに、身も世もなくけちをつける人々がいた。食堂のパートのおばちゃんである。

 私の働いていた食堂は、とにかく昼シフトのパートスタッフの女性たちが排他的かつ攻撃的であることで有名だった。もちろん、この情報は面接の時には教えてもらえない。彼女たちは新入りを苛めては退職に追い込み、厨房へ勝手に我が子を立ち入らせ、バックヤードでお客さんを貶し、夜シフトの勤労学生たちに圧をかけるのであった。

 ピンクのワンピースを着た学生さんは数人の友人や教授と談笑している。ビールの空き瓶を下げるために厨房へ戻るたび、パートのおばちゃんは口々に言う。

「あの子、すっごいモテ意識してるよね」
「ダサくない? あの服。頑張りすぎって言うか」
「モテようとしておかしくなっちゃうんじゃないの?」
「みんな普段着なのに一人だけ張り切ってるって感じ」

 完全に狂っている……と、空き瓶の詰まったビールケースを抱えながら私は戦慄していた。日常生活の中で、こんなに露悪的なフレーズに直面する機会も珍しい。

 つまり、おばちゃんたちの頭の中で、ピンクのワンピースはモテ服であり、女性がモテ服を着る場合、それは男性のために他ならず、ゼミでただ一人の女性らしき彼女は同級生全員を狙っていて、そして見向きもされていないのに頑張っちゃっている、というのだ。え、ええ~。マジか。どこから出てきたんだ、そのストーリー。凄い想像力だな。その想像力をフルに活かして、ビールがなくなっていそうなテーブルに早く新しい瓶を持って行ってくれ。

 大量に運ばれてくる食器をやっつけながら手と頭を切り離して私は考えた。モテるための装いとは何だろう。複数の人間(おばちゃんたち)が会話のネタに取り上げて意思疎通しているということは、「『モテるための装いなるものが存在している』という何らかの共通認識が存在している」のだろう。女性が男性にモテるための装いをする。それに対して他の女性が否定的なコメントをする。それはどういう意味を持つのだろうか。そもそも「モテ」とは何なのだろう。

 仮に、件の女子学生が級友の男子学生のうちの一人とか二人と交際していて、個人的に交際相手の好きそうな格好を試みているとすればどうだろう。意識的・無意識的な強制力が働かず、負担にならない程度の楽しみであれば、それは楽しい取り組みであるはずだ。誰かのためにちょっと装いを変えてみるという遊びは、楽しめるシチュエーションにおいてはとても楽しい。

 それでは、彼女がゼミの全男性を視野に入れ、メンバー全員に好かれようというつもりで洋服を選んでいるとすれば?「すれば?」などと書いておいて何だが、こちらも、基本的に他人が口を挟むことではないような気がする(「好かれなければならない」「好かれなければ損する構造がある」と彼女または周囲の誰かが過ごしづらさを感じているとすればこの限りではない)。

 そして彼女がこのワンピースを単純に好んで着ていた場合。これが最もひどい。失礼以外の何ものでもない。要するに大きなお世話である。

 結局「モテ」についても「モテ服」についてもさっぱり分からないままパーティーはお開きとなり、私はしばらくののちにアルバイトを辞め、大学を卒業し、パートのおばちゃんたちと会うこともなくなった。

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