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モテはピンクなのか、ピンクはモテなのか、私たちはモテなければならないのか【日本・新宿】

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あれから約10年。大人になった私は偶然、記憶の中の「モテ服(とおばちゃんたちが言っていた服)」と全く同じコーディネートの女の子を見かけた。

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 平日の夜7時頃、新宿駅近くのコーヒーチェーン店に彼女はいた。淡いピンクの、薄い生地でできたワンピース。白いボレロ。丸いエナメルのストラップシューズ。肌色ストッキング。ピンクのチークにピンクのボレロ。ゆるく巻かれたセミロングヘア。異なる点を挙げるとすれば、ボレロがレースではなく冬っぽい素材だったことくらいだ。

 10年前の記憶の中の彼女、ではないもう一人の彼女は私のすぐ隣のテーブルに座っていた。狭い店内はテーブルが寿司詰めに並べられていて、彼女と向かいに座る男性との会話がぽつりぽつりと聞こえてしまう。趣味は何か。奥さんとなる人に望むことは何か。化学調味料やクックドゥ的なものについてどう思うか。一言で言うと、婚活マッチング中であった。

 なぜピンクはモテに紐づけられるのだろう。または女性性と関連づけられるのだろう。

 ファッションとしてのピンク色は、18世紀フランス、ルイ15世の愛人・ポンパドゥール夫人の時代に見出すことができる。流行色としてヨーロッパを席巻したピンクという色味が女性「ならではの」ものとして強く打ち出されるのはそれから約200年後、1950年代のアメリカである。時の大統領ドワイト・D・アイゼンハワーの就任式、妻のマミー・アイゼンハワーはピンク色のドレスを着て晴れの舞台に臨んだ。ファーストレディの着るピンクは、マスメディアによって戦後のアメリカで最も幸福な女性像として演出され、女性「らしさ」と強く結びつけられた。

 ふいに、2018年のピンクを着た彼女が携帯を取り出す。その途端、激しい色が私の視界の隅で踊った。違和感を覚えてつい振り返ると、スマホケースの上を真っ赤な蛇がのたうっているのが見えた。あっ、多分、「あれ」だ、と私は思った。GUCCIの「あれ」だ。2015年にアレッサンドロ・ミケーレが就任してからガッツリ&コッテリで有名な、GUCCIの赤い蛇の模様だ。もしくは、GUCCIの赤い蛇を模した何かだ。昨今の世の中で最も「清楚でスウィートなピンクのワンピース」から遠いように思える蛇柄のスマートフォンは、すぐに小さな鞄にしまわれた。

 もしも彼女が全く自分の趣味ではない装いをしていたとすれば−−−−

 彼女は婚活アプリでマッチングした男性と初めて会う時に「ふさわしい」格好を選んだのだろう。初対面で「外さない」ように注意深く考えて取捨選択したのだろう。しかし、婚活アプリでマッチングした男性と会うというシチュエーションに「ふさわしく」「外さない」装いが、赤い蛇ではなく淡いピンクのシフォンでなければならないのはなぜだろう。血の色である赤の方が、情熱的に見えても良さそうなものである。もしかして、「血」の赤まで暴いてしまっては激しすぎるから、「肉」のピンクくらいがちょうどいいのだろうか。私にはあなたに注ぐ熱量がある。ただし、それはあなたを焼き尽くすほど苛烈なものではないし、あなたを脅かすほど毒々しいものではないという表明が必要なのだろうか。ちょうどいい苛烈さとは、どんなものであろうか。

 もしくは、彼女が赤い蛇とピンクのシフォンを同時に、同じだけ愛していたとすれば? もしそうなら、素晴らしい。彼女は自分の好きなものばかりを身につけて、緊張のひとときを過ごすことができたのだから。似ているようで全然違う二色の違いに気づいた彼が「その携帯ケース、何!?」と声をかけたなら、話が弾むだろう。お互いの好きなものと嫌いなものを話すきっかけになるだろう。

 対面する彼は、明らかに異端である蛇には気付かずにこやかに答えた。

「僕、化学調味用でも、レトルト食品とかでも、全然理解ありますよ。女の人も最近は忙しいし、楽してもいいんじゃないかな」

 どうか彼女が好きな時に好きな色をまとうことができ、それについて誰もが何も感じることがないように、と私はコーヒーを飲み干しながら祈っていた。モテが彼女の前に立ちふさがったり、彼女の自由を制限したり、従わせたりしませんように。モテのためにしょうもないことを言われたり、傷つけられたりすることがありませんように。どちらにしても、人の服装にけちをつけるやつが一番ダサいのだ。

 10年前の、もう顔もおぼろげなおばちゃんたちを頭の中のビールケースに詰め、記憶の中で巨大化した業務用エレベーターに押し込んでから、私は席を立った。

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