
「Getty Images」より
近年、広告の炎上が国を問わず起きているが、今月、アメリカで企業CMが炎上し、放映中止となる騒動があった。DNAテストの大手、アンセストリー・ドット・コムだ。 ここ数年、アメリカではDNAテストが流行している。多人種・多民族の国だけに、多くの人が自身のルーツ探しに夢中になるのだ。
検査キットを購入し、キットに含まれている小さな容器に少量の唾液を入れて送付すると、数週間後に解析結果が送られてくる。DNAテストを行う企業は何社もあり、キットは70~100ドル程度。自分自身の検査のためだけでなく、誕生日やクリスマスのプレゼントとしても使われるようになっている。
アンセストリー・ドット・コムは今や世界各地に進出しており、今回、問題となったCMはカナダ向けのものだったが、YouTubeにアップされたものがアメリカでも閲覧され、大きく批判された。
同社は今月、ドラマ仕立ての40秒CMを3種公開した。1本はアイルランドのジャガイモ飢饉(1845-1849)によって食い詰め、苦渋の末にカナダへの移住を決める一家の物語。もう1本は第一次世界大戦(1914-1918)の徴兵検査で心臓の欠陥を指摘されながらも、愛国心によって入隊する青年の物語だ。
問題となったのは3本目の、米国の南北戦争(1861-1865)直前、奴隷制時代の米国南部を舞台としたものだ。人目を忍ぶ若い白人男性と黒人女性。男性が女性に指輪を渡しながらささやく。
「アビゲイル、僕たちは北部へ逃れられる。僕たちが一緒になれる場所がある。国境を越えよう。僕と一緒に来てくれるね」
奴隷制時代の南部では異人種間の婚姻は禁じられていた。そのため2人はカナダへ逃亡しようとしているのだ。CM後半に2人の結婚証明書と、結婚後の2人の白黒写真が写し出される。カナダへの越境が成功したのだ。最後に他の2本のCMと同様に「あなた無しでは、歴史はここで止まります」と出る。2人が子供に恵まれ、その子孫が今もどこかに存在していることを示唆している。
ooooh my god LMAOOO who approved this ancestry commercial??? pic.twitter.com/Isy0k4HTMA
— manny (@mannyfidel) 2019年4月18日
※正規版はすでに削除されているため、ツイートされたものしかありません。もしくはメディアが記事中に埋め込んだもの。
レイプの歴史〜奴隷はロマンチックではない
短いながらも映画のワンシーンのように美しく、感動的とすら言える広告だ。一体なぜ、バッシングされたのか? 理由は「奴隷制度のロマン化」だった。奴隷を祖先に持つ黒人の多くはヨーロッパの血、つまり白人のDNAを持つ。理由はアビゲイルと白人青年のような恋愛ではなく、レイプだ。
北米大陸に初めて黒人が連行されたのは1619年。今からちょうど400年前だ。以後246年間の長きにわたって奴隷制度が敷かれた。その間、多くの黒人女性が白人男性にレイプされては混血の子供を産んだ。奴隷主にとって奴隷は所有物であり、所有物である黒人女性が産んだ子もまた奴隷主の所有物だった。
生まれた子供は混血ではあるが、当時の法律に従い、黒人奴隷として育てられた。成長したのち、白人のDNAを持たない黒人奴隷と結婚した場合も、その2人が生む子供は白人のDNAを受け継ぐ。このパターンが大量に繰り返されたため、アメリカ黒人の多くは白人のDNAを持つ。
米国第3代大統領のトーマス・ジェファソンも生涯を通じて600人以上の奴隷を所有した。そのうちの一人、サリー・ヘミングスと長期間の性的関係を続け、6人の子供(人数は諸説あり)をもうけている。サリーの母親、サリー自身も白人との混血であったため、サリーとジェファソンの子供たちの外観はほぼ白人だったと言われている。
サリーと子供たちはジェファソンに寵愛されたが、奴隷制度の期間中、多くの奴隷が命がけで逃亡し、奴隷制度のなかった米国北東部やカナダに逃れている。CMは奴隷史の痛ましい部分を隠し、美しいロマンスとして描いたがゆえに厳しく批判されたのだった。
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