渋谷すばるが関ジャニ∞で抱えていたジレンマ、今では「ジャニーズ事務所への感謝と誇り」

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渋谷すばるのジャニーズ人生は順風満帆だったわけではない

 大阪府出身の渋谷すばるは、1996年にジャニーズ事務所に入所し、関西ジャニーズJr.として活動。特に1998年頃からは急激に人気が上昇し、当時Jr.のリーダー的存在だった滝沢秀明と人気を二分するようになり、「東の滝沢、西のすばる」と呼ばれていた。1999年には、二宮和也とともに連続ドラマ『あぶない放課後』(テレビ朝日系)でW主演。『8時だJ』(1998~1999年/テレビ朝日系)やアイドル雑誌では、関西Jr.を引っ張る存在であった渋谷すばる、横山裕、村上信五の3人がよく一緒に登場して、わちゃわちゃやっている印象があった。

 当時の、つまり16~18歳くらいの渋谷すばるの活躍を記憶している者には、渋谷が会見で発した<36歳という年齢を迎え、人生残り半分>という言葉に、否が応でも年月の流れと重みを感じたことだろう。関西Jr.時代を含め、20年以上の歳月を「ジャニーズ」として過ごしてきた渋谷すばるが、長年苦楽を共にしてきた関ジャニ∞メンバーと袂を分かち、ジャニーズ事務所を去ると決めたのだ。

 Jr.時代にトップレベルの人気を誇った渋谷すばるだが、常に順風満帆だったわけではなく、仕事が激減した時期もあった。歌唱力が高く、アイドルよりもミュージシャン・アーティスト志向の強い渋谷すばるは、ジャニー喜多川氏の“スぺオキ”から脱落し干された、とも言われている。関ジャニ∞は2002年に結成((当時は関ジャニ8))、2004年にCDデビューしているが、1999年に嵐がデビューした時のように大きな話題になることもなく、メンバーは地道な努力を重ね、現在の人気と知名度を築いたのだ。

 2015年発売の音楽雑誌「音楽と人」(音楽と人)のインタビューではアイドルとしての葛藤を語っている。

<自分の持っている、バンドとか音楽への憧れは1回置いといて、まずこのグループでCDデビューって形にこぎつけようって目標も出来た。じゃないとこの会社では人として認められないから(笑)>

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