社会

読売テレビ「性別確かめる企画」の反省と検証をテレビ変革の好機に

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 もしスタジオに若一氏がおらず、出演者が誰も怒っていなかったら……放送はつつがなく終わり、関西ローカル番組の内容が全国に広まって議論が交わされることはなかったかもしれません。芸人が見知らぬ一般人に対して「おっぱいあります?」「純粋な男? 女の人が好きな男?」などと質問するテレビにモヤっとした違和感を抱いた視聴者がSNSにその意見を投稿したとて、ここまで広がらなかった可能性があります。

 炎上後に番組動画を視聴し、この放送内容がどれほどの問題を含み、そして見過ごされてはならないものであったか、気づかされた人は多かったのではないでしょうか。私たちの日常には、当たり前のように「他人の性別(セクシュアリティ)を無配慮に聞く」というシーン/行為があり、笑いを生む話のネタとして消費されています。そのことに気づく人が少しでもいたのなら、この“炎上”も無駄ではなかったでしょう。

 昨今、テレビに向けられる視聴者の目は洗練され始めています。このことについて、少し前までは「コンプライアンス重視でテレビがつまらなくなる」とケチをつける意見もありましたが、もはやそうした空気も変わりつつあるのではないでしょうか。

 なぜ番組製作の段階でこのような企画が通り、誰もストップをかけずに公共の電波に乗ったのか。この検証は必要ですし、在阪だけでなく在京の報道番組やテレビバラエティも、人権意識を再点検する好機です。個人のセクシュアリティに無遠慮に踏み込むトーク、他者の体を不躾に品評する企画、結婚や出産を押し付けるような圧力、いじめまがいのお笑い、事件や事故の被害者を深く傷つけるような報道……まだまだテレビという巨大なメディアが見直すべき点は多くあるはずです。

(今いくわ)

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