連載

孤立育児の核家族が、夫の躁鬱病治療で得たたくさんの繋がり

【この記事のキーワード】
孤立育児の核家族が、夫の躁鬱病治療で得たたくさんの繋がりの画像1

病いと子供と私

 働き盛りの20代後半、結婚し娘も授かりやる気に満ちていたタイミングで躁鬱病になった森健二さん(仮名)。2年の闘病生活の間に、仕事を辞め、大学院も休学し、生活は一変する。

 思いがけない病気になることで、当事者の健二さんはもとより、妻・美佳さん(仮名)や娘にも色々な影響があった。しかしそれは必ずしも悪いことばかりではなかった。

父親業も仕事も大学院も…やる気に満ちていた男性が、双極性障害になって

 子育て真っ盛りの働く親世代が、自らの体の不調に直面することは、決してレアケースではない。家族、子ども、命などをテーマに様々な媒体にインタビュー…

ウェジー 2019.05.24

頑張ることを手放せば、もっと早く治っていたはず

「今考えると、もっと早くにきっぱり諦めていたら、僕の病気はもっと早く治っていたんだろうな、と思うんですよね」(健二さん)

 突如襲った躁鬱病の治療に2年間を費やした森健二さんは、10年前を振り返って、そう語る。病気のためにそれまで懸命に打ち込んでいた仕事も大学院も、長期で休まざるを得なかった。

 「きっぱり諦めていたら」というのは、それでも残る向上心や自分への期待だった。

「病気になった自分は弱い人間だと周囲には言っていても、心のどこかでは違って。こんなはずじゃないとか、この経験をバネにして頑張ってやるとか思っていて。自分を完全にダメだと思ったら、もう本当に戻れなくなるんじゃないかと思っていたんですよね」(健二さん)

「根が真面目だから、お医者様に気分転換をしてと言われたら、一生懸命気分転換をしようとして余計疲れるんです。いきなり釣竿を買ってきて、多摩川で釣りをし始めたり。でも結局1匹も釣れなくて、ヘトヘトになって帰ってくるという感じでしたね(笑)」(美佳さん)

 向上心を持つことは決して悪いことじゃない。しかし、頑張りすぎた心と体が悲鳴を上げたとき、何よりも必要なのは、弱い自分を他でもない自分が認めてあげることなのかもしれない。健二さんがそう気づくことができたのは、少しずつ弱さをさらけ出し、周囲の人と繋がっていったからだった。

1 2 3

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。