孤立育児の核家族が、夫の躁鬱病治療で得たたくさんの繋がり

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夫の姿に「生きるってなんだろう?」

 仕事は辞めたものの大学院だけはなんとか続けていた健二さん。経営学部のゼミの教授が勧めてくれたのは、北海道浦河町にある「べてるの家」だった。依存症や精神障害などの困難を持つ人たちが地域に出て、経済活動を行う拠点として、注目を集めている。ここでは、病気や障害を抱えた人たちが、その弱さを自分たちで語り合うことでお互いに支え合う当事者研究を行なっていた。

「べてるの本を読んだりして、病気を直さず語り合うということに興味を持って。東京にもあった自助会みたいなところに通うようになったんです。弱さを認めて話せるようになっていくうちに楽になって、だんだんと人生がまた楽しくなってきたんですよね」(健二さん)

 一方、妻の美佳さんも子育てと看病をする傍ら、地域の人たちと繋がり始めていた。

「夫の体にいいことをと思って自然療法の勉強会などに顔を出していくうちに、助産院の人たちと仲良くなって。ずっと寝ている夫を見ていて、こんなので人は生きてるって言えるのかなあって思うようになったんです。生きるって何だろうって。それでふと写真を撮りたくなって助産院でのお産を撮らせてもらおうと思ったんですよね」(美佳さん)

 昔、勉強した写真を思い出し、カメラを持ち始めた美佳さん。夫と一緒に、北海道にある「べてるの家」も家族で訪ね、そこで弱さをさらけ出して生きる人たちも撮影し始めた。

「夫婦で北海道のべてるの家を訪ねて行ったり、東京で僕も池袋のべてるの施設で働いたりして、その頃3~4歳になっていた娘もいつも連れて行きました。幻聴を見るような統合失調症の人たちとも娘は遊んでもらったりご飯を一緒に食べたりしてて。”普通の子育て”ではなかったですよね」

と、健二さんは笑う。

「でも、おかげで誰でも弱さを持っていて、繋がって生きていけるということを娘は感覚的に理解してくれる子に育っています。結果的にこういう子育てができてよかったのかもしれないですよね」(健二さん)

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