孤立育児の核家族が、夫の躁鬱病治療で得たたくさんの繋がり

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病いを乗り越えることで家族はチームに

 頑張ることを手放した途端、健二さんの症状は確実に落ち着いていった。

 健二さんは、グループホームなどでアルバイトをしながら職業訓練所に通い、SEとしてゼロからのキャリアをスタートさせた。

 美佳さんは、出産や家族や精神疾患などをテーマにした作品を撮る機会を少しずつ増やしていき、今では写真家として活躍している。

 当時1歳だった娘は、今では11歳になった。2年前には第二子も生まれた。まさか、二人目を授かる日が来るとは、思いもしなかったという。

「夫が病気になる前は、私たちは周囲の人とほとんど繋がってなかったんです。私の実家も遠いので、子育ても孤立していました。でも夫が病気になることで、周りの人と繋がるしかなくなったんですよね。私も写真を始められて、そこから人との繋がりがすごく増えたんです」(美佳さん)

「あの頃と今じゃ、知り合いの数は30倍くらいになってるよね(笑)」(健二さん)

 今、健二さんはSEとして忙しく働きながら、週末に美佳さんが撮影に出かける間は、2人の子どもたちとの時間を大切に過ごしている。 

 思いもよらない病気のおかげで、頑張る人が弱い人になった。けれど弱い人になることで、周りの人たちと繋がることができた。

 病気になる前となった後とで、自分自身の「頑張り屋」な性格が変わったとも思えない、と健二さんは言う。いつでもまた調子を崩すリスクがあることを、自分で認めている。それでも、「弱い」部分を認め合うことで、森家は支え合っている。

「夫が治ったか、治ってないか、今でもわからないんです。ただ、彼が寝込んでいた時、何も話ができなかったのが何より辛かった。今だって、いつまた何が起きてもおかしくないと思っています。でも、今は毎晩お互い仕事が終わって、子供を寝かした後、夫婦でいろんな他愛ない話をするんです。その時間が、何より大切。病気があって、私たち家族は、チームみたいになれたんだなって思っています」(美佳さん)

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