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大学等修学支援法可決、教育費の「無償化」という政治的表現で隠された壮大な無駄遣い

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「Getty Images」より

 大学など高等教育の授業料を減免する大学等修学支援法が10日の参院本会議で与党と国民民主党などの賛成多数で可決、成立した。2020年4月から始まる。文部科学省が設ける要件を満たした大学、短期大学、高等専門学校、専門学校が対象となる。

 この政策を安倍政権やメディアは「大学無償化」と呼んでいるが、授業料減免の原資はあくまでも国民が払う税金である。「無償化」という表現は政策にコストがかかる現実をあいまいにし、メリットだけを強調する政治的な表現と言える。

 それにしても日本の教育は、義務教育である小中学校はもちろん、高校、大学に至るまで、税金を投じた「無償化」の大盤振る舞いだ。そもそも大学教育とは、そこまでして受ける価値のあるものだろうか。

貴重な時間を無駄にするだけの学校教育

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『かくかくしかじか』(集英社)

 教育制度について考えさせられるマンガを読んでみよう。東村アキコの自伝的作品『かくかくしかじか』(集英社)である。

 南国の宮崎県で生まれ育った林明子(作者の本名)は、子どもの頃から少女マンガが大好き。高校3年生のとき、「美術大学に進学し、在学中にマンガ家としてデビューする」という計画を立て、受験対策のため、友人に教えられた個人経営の絵画教室に通うことにする。

 自宅からバスを乗り継いで1時間、教室は市街地を離れた海の近くにある古い家だった。講師であり画家でもある日高健三先生は、芸術家らしからぬジャージ姿で、手にした竹刀で女の子も容赦なくひっぱたくスパルタ体育会系。明子は当初思いもしなかったことに、それから社会人時代を含め足かけ8年も教室に通い続け、日高先生は生涯忘れられない恩師となる。

 自分は絵がうまいとうぬぼれていた高3の明子のプライドは初日から先生の罵声で粉々に打ち砕かれ、命じられるままに、美大受験まで来る日も来る日も大量のデッサンを描き続ける。それもありふれた石像など、描いていてつまらないものばかり。教室を手伝うようになってからも、鏡に映る自分の姿ばかり描かされた。モデルがいないからだ。

 しかし、プロのマンガ家になり、初めて気づく。プロになる前は、絵を描くのに比べてマンガなんて簡単だと思っていたけれど、そんなに甘くはない。マンガはとにかく1ページに何回も同じ顔を描いて、背景を描いて、1話で何十回も何百回も人間を描く。しんどくてもひたすら量を描くしかない。それでも昔、日高先生に鍛えられたおかげで、描くことができる。描くことが体に染み付き、辛いときも描いていれば、なんとか自分を保てるようにもなった。

 それに対し、公的な学校はどうだったか。皮肉なことに、金沢市の公立美大に苦労して合格し、入学したとたん、明子は絵を描けなくなる。毎日遊んでばかりで、絵ばかりでなく、マンガすら描くことなく、大学生活を過ごしてしまう。ところが夏休みに宮崎に戻り、教室で日高先生がにらみを利かせてくれると、描く手がどんどん動く。明子は思う。「じゃあ…美大行かなくてよかったじゃん…先生のところでずっと描いてりゃよかったじゃん…」

 マンガ家になった今も、作者は「あの頃のバカな私が、貴重な時間をどれだけ無駄にしたのか」と考えてしまう。

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