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頭からつま先まで黒ずくめの女の子は「おしゃれ」も「ダサい」も黒く塗りつぶす【日本・吉祥寺】

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百女百様/はらだ有彩

 突然、黒い影が視界を横切った。猫であれば縁起が悪いと怯えるところだが、吉祥寺駅構内に黒猫はいない。影が通り過ぎていった方向を目で追いかける。

 黒猫ではなく黒ずくめの人だった。長身が長い長いコートを躍動させる。足首から太ももの位置まで思いきりよく裂けたスリットがひるがえる。上着も黒、シャツも黒、パンツも黒、靴も黒。鞄も黒。短く切った髪も黒。口紅の色まで暗く揃えられている。休日の駅はごった返していたが、彼女があまりにも黒いためかモーゼと対峙した海水のように人が左右に分かれていく。爽快だ。誰にも行く手を阻まれない彼女はずんずん歩く。あっという間に角を曲がって消えてしまう。ターンの動きに合わせて、見た目より随分軽いらしい真っ黒の生地が揺らめいた。

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 私が通っていた中学校の制服はジャケットもスカートも真っ黒、とにかくダサいことで評判だったが、それはひとえに生地の質感のせいであったと個人的には思っている。重く厚ぼったいウールはひじを曲げると疎放な皺を作り、押しつぶされるとヌメヌメとした光沢が浮かんで、どうにも垢抜けなかった。とはいえ、仕立ての感度などというものは着て生活してみなければ分からないため、周囲の学校の生徒達からはただ色だけを揶揄して「喪服」とか「カラス」といった悪口で呼ばれていた。彼女たちは「なんかダサい」ことの理由を黒という色に見出したらしい。しかし、いったい「喪服」や「カラス」みたいであること、ひいては黒いことは悪口たりえるのだろうか。

 「カラス」といえば「からす族」。1980年代前半のデザイナーズ・アンド・キャラクターズ・ブランド・ブームの中で登場した、全身を黒で覆う若者の装いである。彼らにこぞって黒を纏わせた原因の一端はコム・デ・ギャルソンとヨウジヤマモトだ。彼らが1981年(1982年)にパリで発表した黒く、大きく、穴の開いたコレクションたちは西洋の美意識を逆なでして議論を巻き起こし、「黒の衝撃」「東からの衝撃」などと呼ばれた。

 その少し前から、同じくパリで活動するソニア・リキエルは黒をこよなく愛していた。彼女の同年のコレクションで発表された黒いニットには「黒は最高」と書かれている。

 さらに遡って見つけられるのは1926年のココ・シャネルの黒いドレス、いわゆるリトル・ブラック・ドレスだ。当時、喪服のイメージしかなかった黒を使用したことが人々に衝撃を与えた。

 黒は昔からイケているアティテュードとして市民権を得ていたように思えるが、「黒は最高」「黒は美しい」とわざわざ書くことがメッセージになったり、穴の開いた黒い服が新しい女性像と捉えられたりしたことから察するに、基本的には美しくなく、退屈で、縁起が悪く、旧来の女性らしからぬ色だったのだ。

 『名探偵コナン』でも主人公を脅かす敵は「黒の組織」だし、ネガティヴな疑惑の裏が取れると「クロ」と表現するし、劣悪な労働環境を「ブラック企業」と呼ぶし。全身黒を着ているとやっぱり「お葬式みたい」なんて言われるし。アメリカン・ヴォーグのアナ・ウィンター編集長も、ビデオインタビュー「73 Questions with Anna Wintour」の中で「絶対に着ないスタイルは?」と聞かれて「頭からつま先まで全身黒(Head-to-toe black.)」と答えているし。

 と言いつつさらに遡ると、黒が正しい装いであり、反対に色を多く使うのは高貴ではないと考えられていた時代もあった。14世紀以降の染色技術の向上、15世紀の物憂いムード、16世紀のプロテスタントによる衣服の簡素化の推奨以降、黒いファッションの流行はヨーロッパに広がっていった(ちなみに喪としての黒も15世紀頃に定義が強固になっている)。

 では、カラフルな服は誰が着ていたのかというと、道化や大道芸人、娼婦、音楽を演奏する人々である。一色に染められた衣服は黒に限らず一般的に着用されたが、多色使いのデザイン、とりわけ縞模様は図と地が判別できないために見る人を混乱させる、理性的でない者のみが身に付けるものとして蔑まれてきた。

 ということは、やっぱり黒の方がシックでクールな色なのだろうか。『魔女の宅急便』のオソノさんも「黒は女を美しく見せるんだから」と言っているし。よしながふみ先生の『大奥』でも色鮮やかにアピールする男性たちの中で、黒一色の地に流水紋の裃を着た水野が将軍・吉宗に気に入られるし。

 18世紀の産業革命と19世紀にかけてのダンディズムを経て、黒装束は男性にとって「勤勉で、財産を持ち、でもひけらかさず、それでも美しく装わなければならない」という社会から求められる男性像への解答となっていった。一方で女性のドレスは、カラフルに着飾って男性の貯蓄の多さを表現するか、白く簡素なイメージで貞淑な家庭を表現するための道具だった。黒を、または色を着用する人物をどう見せたいかという思惑によって、色の持つ意味は変化してきた。持ち上げたりけなしたり、勝手な話である。

 そういわれると、婚礼の衣装が黒いタキシードと白いウェディングドレスであることにも、単なる配色以上の意味が込められていると薄々気づいていたことを思い出してしまう。もちろん着たい人に一切の非はないが、二人とも白いドレスにしようかな、とか、黒いタキシードと黒いドレスにしてみようかな、というように選べたら楽しいかもしれない。私は18ssシーズンにトム ブラウン メンズから発表された、フロントが黒いタキシード/バックスタイルが白いウェディングドレスのルックが好きだが、これだって「黒い」タキシードと「白い」ドレスである。たった今ここにある、既存の文化への迎合をちょっぴり取り入れなければブラック・ジョークは成立しないから、いいんだけど。

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