
「Getty Images」より
5月28日朝、神奈川県川崎市の登戸駅近くの路上で発生したあまりに残酷な殺傷事件。川崎市麻生区に住む岩崎隆一容疑者は、スクールバスを待っていた小学生17人と大人2人の19人を次々と包丁で刺した。小学生6年生の女児と39歳男性が亡くなり、岩崎隆一容疑者も自らの首を切って死亡。まだ事件の全容がわからない中、事件発生の一報が飛び込んだ直後から、ネット上では「無敵の人」というワードが飛び交っていた。
「無敵の人」とはネットスラングのひとつで、家族や配偶者など人間関係の結びつきや社会的地位などの“失うもの”を持たず、心理的な抵抗なく事件を起こす者のことを指す。明確な定義はないが、家族や仕事、金を持たない社会的弱者のことをこう呼ぶ人が多いようだ。たとえば2018年6月の東海道新幹線での殺傷事件についても「無敵の人」論が幅を利かせた。
川崎の事件では、まだ犯人の氏名や素性が明らかとなっていない時点からネット上では、犯人を「無敵の人」と断定し批判や恐怖を訴える声が多く上がった。また、犯人が精神障害者であると断定したり、人種や国籍を問うたりといったツイートも散見され、根拠のない憶測やデマが爆発的に流布される状態となっていた。犯人や事件について勝手な憶測の拡散は、不安や偏見を煽るだけだ。
平穏な朝を恐怖の光景に変えたこの事件に、恐怖や怒りを覚えない人はいないだろう。しかし、まだ捜査も始まらぬ混乱の最中から「社会病理だ」「これから無敵の人の事件が増える」等と持論をぶつネットユーザーの無責任な煽りに対しても警戒が必要だ。
事件から一夜明けて、各メディアは犯人の自宅周辺や知人への取材を通してその人となりや生い立ちを伝え始めている。犯人は小学校入学前後に伯父夫婦に引き取られており、複雑な生い立ちだったという。また、事件直前まで高齢の伯父夫婦と暮らしていた自宅では、近隣トラブルを起こしたこともあったようだ。犯人の小中学校時代の知人による、「些細なことで大暴れしたり、豹変したりしていた」との証言もある。
しかしこれらは犯人についての断片的な情報であり、それをもって犯人を「無敵の人」と判断できない。事件について論じることも、社会背景に要因を探ることも、これから長い期間をかけていく必要がある。一時的に盛り上がり、単純明快な結論を求め、あっという間に忘れてしまうような在り方は避けたい。