川崎殺傷事件「一人で死ね」連発、コメンテーターの仕事が「感情の垂れ流し」でいいのか

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 立川志らくは29日、Twitterで<ひとりで死んでくれ! の言葉は普通の人間の感情だ。この怒りをどこにぶつければいい! この言葉が次の悪魔を産むから言うな? 被害者の前で言えるのか。なぜ悪魔の立場になって考えないといけないんだ? でもそれが真実なら謝ります>と述べ、発言への批判には<いや、子供を持っている、子供を愛している世界中の親の多くが(犯人に「一人で死ね」と)言いたいはずです>と反論した。

 また、高橋ジョージも29日にTwitterで<「勝手に一人で死ねば」の前には「人を巻き込むくらいなら」が入るのです。非難されて当然です」>とコメントしている。

 立川志らくが<ひとりで死んでくれ! の言葉は普通の人間の感情だ。この怒りをどこにぶつければいい!>と述べているように、コメンテーターやキャスターの言葉は率直な「怒り」であり「感情」なのだろう。しかし“普通の人間の感情”を爆発させ、犯人への怒りを表明することが彼らに任された仕事なのだろうか。それはキャスターやコメンテーターでなくとも、誰でも出来ることだ。

 芸能人コメンテーターは一般視聴者の代弁者、という役割で情報番組のイスに座っているのかもしれないが、発言の及ぼす影響力については自覚すべきだろう。そこには必ず視聴者がいる。憎悪をそのままメディアに垂れ流すことには、慎重でなければいけないはずだ。

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