社会

強姦犯として地獄を体験したティーンエイジャーたち~『ボクらを見る目』ネットフリックスとSNSが米国社会を変える

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 「全米が泣いた」という、非常に陳腐な映画の宣伝文句がある。もはやジョークとしてのみ使われるフレーズだが、今、アメリカは現在進行形で、文字どおりに泣き続けている。

 人種も年齢も性別も問わず、しかし中でも黒人/ラティーノ男性を文字どおりに号泣させているのが、ネットフリックスが5月31日に配信開始した4話ミニシリーズ『ボクらを見る目』(原題:When They See Us)だ。彼らが流すのは感傷的な涙ではない。英語には「gut wrenching」という慣用句がある。まさにその直訳どおり、はらわたが引きちぎられるような激しい痛みを伴う涙だ。それでも彼らは最終話まで見続けずにはいられないのだ。

 『ボクらを見る目』は、ニューヨーカーなら誰もが覚えている実話のドラマ化だ。

(注:以下、ネタバレが含まれています)

 1989年、ニューヨークの黒人街ハーレムに暮らす5人の少年(14~16歳、黒人4人、ヒスパニック1人)が、セントラルパークで起こった白人女性への強姦容疑で逮捕された。この事件はそのショッキングさゆえに世間を大きく揺るがせ、5人は「セントラルパーク5」と呼ばれることとなった。以後、同事件は長年にわたって何度も人々を驚かせる展開を繰り返した。

 1990年、裁判の結果、全員が有罪となり、6~15年の刑期となる。4人が刑期を終え、1人はまだ獄中にあった2002年に真犯人が自白し、全員の罪が取り消される。翌2003年、それまで身元を伏せていた被害者が名乗り出て自伝を出版。この年、5人はニューヨーク市に賠償金を求める訴訟を起こすが、当時のブルームバーグ市長が応じず、難航。2014年に現市長のデブラジオが総額4,100万ドルの支払いをおこなう。2012年には今回のドラマ化作品に先駆け、事件の全容を追ったドキュメンタリー映画『Central Park Five』が公開。これらの全てがその時々に大きく報じられてきた経緯があり、それを総括したのが今回の『ボクらを見る目』だ。

検事への糾弾がSNSで再燃

 無実の少年たちの逮捕、有罪は、当時、性犯罪事件を専門に手掛けていたリンダ・フェアスタイン検事の、法を度外視し、かつ冷酷非道な捜査方法による。この事件でのフェアスタインの捜査にはかねてより批判があったが、本作ではそれがリアルに再現され、観る者を改めて驚かせ、フェアスタインへの怒りが再燃した。

 『ボクらを見る目』が配信されるや、原題のハッシュタグ #WhenTheySeeUs がツイッターのトレンドとなった。公開3日目の6月2日にはニューヨーク州監査役のジュマーニ・ウィリアムスが、「何度も泣き、途中で止めたために観終えるのに3日かかった/(フェアスタイン検事の過去の)担当事件を全て再調査し、彼女の経歴を見直す必要がある」とツイート。ウィメンズ・マーチのリーダーたちも同内容のツイートをおこなっている。

 6月3日、ニューヨーク州議会議員のマイケル・ブレイクは、「ニューヨークの黒人男性として、私が『ボクらを見る目』を観て泣いた理由」と題した記事をネット・メディアに寄稿。自身も警察にハラスメントを受けた経験があること、同様の経緯で命まで落とした黒人男性が何人もいること、自分は運よく生き延び、大学に通えたこと、それを全力で見守ってくれた母親に感謝すること、司法制度に改革が必要であることなどが綴られている。

 #CancelLindaFairstein(フェアスタインを追放せよ)のタグも作られた。5人の有罪が取り消された年に引退し、現在は犯罪小説家として成功しているフェアスタインの全著書を店頭から引き下げるよう、アマゾンを含む全書店に訴えるためのオンライン署名もおこなわれている。

 フェアスタインのSNSアカウントはすでにすべて閉鎖され、6月4日、長年所属した犯罪犠牲者支援NPOも辞任している。

 配信開始からわずか4日で起こった上記の一連の出来事は、フェアスタインに対するネット上の公開リンチではない。司法制度の改革の第一歩なのだ。

 フェアスタインの過去の担当事件の再調査は必要だ。5人と同様に人生を破滅させられた人々が、今、息も絶え絶えにどこかの刑務所にいるかもしれない。出所後もかつての少年たちのように過去に絡め取られ、まともな人生を取り戻せずにいるかもしれない。そうした人々を救うための作業だ。同時に、今後は同様の被害者を出さないためでもある。

 再捜査が為されれば、フェアスタイン自身が違法捜査によって訴追される可能性もあるだろう。いずれにせよ今後、フェアスタインはこれまでのように著名人としての華やかな生活は送れなくなるものと思われる。

 当時、「凶悪犯を徹底的に取り締まれ」「厳罰に処せ」といった世論を煽り、フェアスタインの後押しをしたのが、ドナルド・トランプだ。トランプは私財85,000ドルを投じ、ニューヨーク市の主要新聞4紙に「死刑制度の復活」を訴える全面広告を出している。事件発生からわずか12日目のことであり、裁判もまだ始まっておらず、少年たちは被疑者だった時点だ。トランプは、罪の確定もしていない子供たちに死を求めていたのだ。2002年に5人の有罪が取り消された際、2014年に賠償金の支払いが決まった際、ともにトランプは謝罪どころか、5人の有罪を信じる発言を繰り返している。

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