強姦犯として地獄を体験したティーンエイジャーたち~『ボクらを見る目』ネットフリックスとSNSが米国社会を変える

文=堂本かおる
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成人刑務所に投げ込まれた16歳

 監督のエイヴァ・デュヴァーネイは作品のタイトルを誰もが知る『セントラルパーク5』としなかった理由を聞かれ、「5人は個々の人間である」と答えている。アントロン、ケヴィン、レイモンド、ユセフ、コーリーの5人はハーレムに暮らす、ごく普通の少年たちだった。

 1989年4月。春休みのある日の夕刻、5人を含む30人以上の少年がハーレムに隣接するセントラルパークに向かった。特に理由があったわけではない。若さと退屈が合わさり、一人が他に声を掛け、それを繰り返すうちにどんどんと人数が増え、皆、釣られるように加わっていった。

 やがて数人が公園内にいた白人男性を殴るなどし始めた。それを見た5人はその場から立ち去るが、やがて逮捕される。全く身に覚えのない、ジョギング中だった白人女性への強姦、暴行、殺人未遂容疑だった。被害者はレイプされただけでなく、頭部を殴打されて瀕死の重傷を負い、命を取り留めはしたものの、事件当時の記憶を失っていた。

 当時はニューヨークが最も荒廃していた時期だ。「ニューヨークは怖い」というイメージがいまだに残っている理由でもある。膨大な犯罪件数に躍起になっていた警察と検察は、手当たり次第に少年たちを逮捕した。5人のうちユセフとコーリーは友人同士だったが、他はお互いに面識すらなかった。それぞれ個室で14時間から30時間、食事も水も睡眠も与えられず、多くは弁護士や保護者の立会いもなく、取り調べられた。殴られた少年もいた。精神的に衰弱した少年たちは、刑事に言われるがままに虚偽の「自白」を行なった。「それさえ言えば、家に帰れる」と騙されて。

 駆け付けた親たちもマイノリティであり、警察を恐れていた。自白を拒めばさらにひどい目に遭わされると思い、息子に自白を勧め、または調書にサインをした。彼らは後にいくら悔いても悔やみ切れない深い自責の念に苛まれることとなる。

 検察のフェアスタインは現場に残されたDNAが5人の誰ともマッチしないことすら無視し、強硬に5人の有罪を主張した。

 全員が有罪となり、14歳と15歳の4人は少年刑務所に6~7年収監となった。ただ一人、16歳のコーリーは成人として裁かれ、過酷な成人刑務所で13年を過ごすこととなった。

 少年たちの収監中、家族も精神的、経済的にダメージを受け、崩壊した家庭もあった。やがて4人は出所したものの、性犯罪者の烙印を押されて就職もままならず、現金を得るために犯罪に走る者も出た。

 コーリーは刑務所で服役囚と刑務官から繰り返し暴行され、レイプされ、刺され、独房に入れられ、一時は精神に不調を来たした。それでも奇跡的に生き延びたのだった。

変わらぬ人種差別

 当時、この件が社会に大きな衝撃を与え、捜査手順を意図的に狂わせたのは、黒人男性から白人女性へのレイプ事件だったことが理由だ。昔、同様の罪を疑われた黒人男性は問答無用でリンチにかけられ、殺された。1955年、ミシシッピ州でエメット・ティルという黒人少年が、白人女性に色目を使ったという理由で拉致され、リンチの挙句に撃たれ、死体を川に捨てられた事件がある。エメットも14歳だった。

 アメリカの人種差別はあの時代から何も変わっていないのだ。だからこそ『ボクらを見る目』を観た黒人男性たちは号泣する。同胞の痛みはそのまま自分自身の痛みであり、同じことが明日、自分に起こるかもしれない恐怖もある。

 同時に5人が、監督のデュヴァーネイが言うようにそれぞれ個性を持った、かつ強い人間であることもしみじみと伝わる。あれほど過酷な目に遭いながら、40代半ばとなった今、全員が人生を再生させている。黒人男性たちは5人の強靭さに心からの畏敬の念をも抱き、さらなる涙を流す。

 本作の監督エイヴァ・デュヴァーネイは、2014年にキング牧師を主人公とした『グローリー/明日への行進』(原題:Selma)により、黒人女性として初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされた映画作家だ。だが、本作は5人の中でもっとも声高に事件を語り続けているレイモンドが、ツイッター上でデュヴァーネイに連絡を取ったことから実現したものだ。5人は自分たちに起こったことを忘れてはならず、今後は誰にも起こらないように伝えていく義務を感じているのである。これは司法制度の改革を意味する。ニューヨークでは昨年、16歳、17歳を成人として裁かないことがようやく決められた。

 劇中、主人公たちを、前半は10~20代の若い俳優が、後半は大人の俳優が演じている。若い俳優たちの演技がいずれも見事だ。まさに「どこにでもいる少年」で、彼らが理不尽な捜査で追い詰められるシーンは、見ているこちらもまるで心臓を鷲掴みにでもされているかのような痛みを感じ、涙がほとばしり出る。

 成人の刑務所に13年間も服役したコーリー役だけは、前後半ともにジャレール・ジェロームが演じている。2016年にアカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』で主人公が思いを寄せる少年ケヴィンを演じた俳優だ。コーリーが刑務所でのたうち回るシーンは、正視に耐えない。ジェロームの演技が、まさに迫真なのだ。

 5人の若い俳優たちは撮影中に強い絆ができたと語っている。彼らもやはり現代アメリカに生きる黒人/ラティーノ男性たちなのだ。そして彼らは本物の5人を尊敬し、そこにも絆が育ったことが見て取れる。

 アメリカの黒人男性の生きる世界は2019年の今もかくも厳しく、故に過酷な運命を生き延びた5人、演じた若い5人、そして視聴者の男性たちがお互いに強く引き合うのだ。それを見事に視覚化したのが、女性監督のエイヴァ・デュヴァーネイなのである。
(堂本かおる)

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