尼崎高等学校バレー部の体罰はどうして保護者から許されたのか

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「体罰は教育」と考える教師たち

内田:学校問題のややこしいところは、先生たちは「正しい教育」だと思ってやっている点です。体罰に関しても、先生たちは「その子を伸ばすため」という考えのもとで行われる。だからややこしくなるし、学校問題における課題といえるでしょう。

――体罰が発覚すれば学校は批判されますし、2012年に起きた大阪市立桜宮高等学校のように体罰を苦に生徒が命を絶ってしまったケースもあります。外側から見ると、「それでも」体罰がまかり通っている学校が存在すること自体に驚いてしまいます。

内田:色々な背景がありますが、まず挙げられるのが、「教育だから」という考えが学校にずっと根付いていることが大きいでしょう。体罰は「子どもに対する指導の一環なんだ」と。先生たちは犯罪ではなく指導だと思っているから、今でもやるんですよね。

隠れて行われることが多いわいせつ行為に対して、体罰は今も敢えて「みんなに見える場所」で、オープンに行われる傾向があります。いわゆる「見せしめ」です。みんなが腕組んで立って見ている前でひとりの生徒をビンタして、子どもたちをビビらせて従わせようとします。もちろん、生徒を個別に呼び出して体罰を加えることもあるかもしれないけど、開けている場所で体罰をすることによって、「反抗しようものなら、お前らの人生がダメになるぞ」と圧力をかける。

部活の場合は、逆らうと殴られるだけでなく「レギュラーになれないかもしれない」と、子どもたちは危惧する。また、ほとんどの先生たちは部活指導だけでなくクラス担任や教科担任も担っていますから、成績まで危うくなる怖れがある。そうやって、「この先生に逆らうと、自分の人生にも関わってくる」と子どもたちに思わせることができる体罰は、先生たちにとってまだまだメリットになり得てしまうのです。

加えて、公立の小・中・高校は、体罰やいじめ自殺などの不祥事があっても、評判を落とした結果、翌年入学希望者数が大幅に減る……なんてことにはなりません。公立高校には定員数があり、学費の高い私立高校よりもできれば公立に行ってほしいと望む保護者は多い。一般企業なら評判を落とせば潰れるリスクもありますが、高校そのものが潰れることもないため、体罰発覚によるデメリットがほとんどないんですよね。

保護者や生徒が体罰をする指導者を許す理由とは

――そういった体罰に対して、保護者は疑問を覚えないのでしょうか。今回の尼崎高校の事案でも、「早く従来の状況に戻ってほしい」と訴える保護者がいるといいます。

内田:部活動で行われた体罰の場合、仮に保護者がクレームを入れれば、レギュラーを外されるなど子どもに不利益が生じます。主要選手の保護者なら「この監督の下で大事に育ててもらっている」という意識もあるでしょう。

桜宮高校の事案も、1000人の署名が集まりました。保護者が「生徒思いのいい先生なんだ」「ちょっと行き過ぎたかもしれないけど、子どものためを思ってのことだったんだ」と擁護することも、体罰が持続してきた大きな理由ですね。

――保護者だけでなく、実際に体罰を受けている生徒も、先生を擁護することはあるのでしょうか。

内田:先生たちから体罰を受けた生徒たちも、「先生は自分のために怒ってくれている」「自分が悪いんだ」と思わされてしまう。体罰を受けた経験のある生徒たちが回答したアンケートには、「おかげで成長した」などと書かれています。体罰を受けた人にしてみれば、自分の青春時代を「地獄だった」「理不尽な目に遭った」とネガティブに捉えるよりも、「いい経験になった」「それで私は成長したんだ」とより前向きに捉えたいという心理もあるわけです。

体罰を目撃した子どもも、部活のレギュラーや成績、大学推薦といった人生の重要事項を先生に握られている以上は、たとえ殴られた子が親友であっても、先生には何も言えない。

たとえば、学校の外を歩いていて親友が誰かに殴られれば、憤りを感じて抗議したり、怖くても警察に通報しますよね。まさか、理不尽に殴られた親友に「お前はこれで成長するんだ」とは言わないでしょう。ところが、学校の中になった途端、殴る先生に反抗すると自分の人生が危うくなると思うから、殴られた親友にも「殴られるほどのことをしたんだよ」「お前にも悪いところあったじゃん、また頑張っていこうや」と、励ますだけで終わってしまう。

このような状況下で育ち、「暴力を使って教育する、物事を解決するということは正しいこと」と勘違いした彼ら彼女らが、将来、指導者や保護者になった時に同じことを繰り返すという懸念もあります。

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