
「Getty Images」より
米中貿易戦争と中国経済の現況
中国経済の減速に世界的な注目が集まっている。直近の7月15日に発表された2019年第2四半期(4~6月)の実質GDP(国内総生産)の対前年比成長率は6.2%と、1992年以降最も低い伸び率となった。
背景の一つに、米中間の貿易戦争があることは間違いない。周知のとおり、2018年6月15日に米トランプ政権は年500億ドルの対中輸入品目に25%の追加関税を課すとして、対象となる中国製品1202品目の最終リストを発表。中国も対抗措置として、大豆や牛肉、自動車など計659品目・500億ドル分の米国製品に25%の追加関税をかけると発表し、7月6日より340億ドル分、8月23日より160億ドル分について実施した。
続いて7月12日、米国政府は中国製の家具や帽子など6031品目・2千億ドル相当に追加関税10%をかけると公表、中国もLNG・木材などの輸入に5~10%の追加関税をかけるとし、続く9月24日より関税引き上げが実施された。
その後両国間で協議が続けられたが、2019年5月10日になり米国政府は、中国側が知的財産権や産業補助金に関して過去の合意から後退したことを不服とし、2000億ドル相当の中国からの輸入品に対する関税率を現行の10%から25%に引き上げた。
さらに米国政府が中国から輸入している全製品(3000憶ドル相当)を対象とした「第四弾」の追加関税を発動する可能性も懸念されていたが、2019年6月29日に大阪で開かれたG20会場で行われた米中首脳会談において交渉の継続が合意され、第4弾の関税引き上げは当面の間先延ばしされることになった。
以上が大まかな関税引き上げ合戦の経緯だが、両国間の対立の背景には中国における情報通信技術(ICT)やAIなどの分野における目覚しいイノベーションを受けた先端技術分野での覇権争いが存在することが、問題の解決を一層難しくしている。
では、このような貿易戦争が直近の中国の国内経済に対してどのような影響を及ぼしているのだろうか。

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図2 各種投資額の推移(年初累計額、対前年比%)
出所:国家統計局ウェブサイト
まず、図1.図2に見られるように輸出入総額、および固定資産投資には貿易戦争が本格化した2018年度の第3四半期ごろから19年の年初にかけて、程度の差はあれ、何らかの低下傾向が観測された。まず、輸出入に関しては2018年12月に輸入・輸出ともに対前年比で前年割れを記録し(図1)、その後も低迷が続いているほか[1]、米国の追加関税の直接の対象となったロボットや工作機械、さらにはパソコンや携帯電話など対米国輸出の主流商品となってきた製品の生産も大きく落ち込んだ。
また、輸出入低迷は国内の固定資産投資の動向にも影響を与えている、特に図2に見られるように、民間企業による固定資産投資の対前年伸び率は2019年に入ってから低下傾向を続けており、一部の民間企業が貿易戦争の長期化による収益状況の悪化に不安を抱いていることは間違いなさそうだ。しかし一方で図2でも示されているように、不動産投資は顕著な上昇傾向を示している。対前月比で不動産価格が上昇している都市が大半を占め、製造業などを中心に民間投資が冷え込む中、地方都市を中心に不動産市場はむしろ活況を示している。これは後編で述べるような景気対策のために地方政府が債券発行に資金を調達し、インフラ投資を積極的に行う中で、住宅などへの需要も拡大していることを反映していると考えられる。
より直接的な影響としては、関連産業での新規雇用の落ち込みがあげられる。中国人民大学の就業研究所が発行しているリポート『中国就業市場景気報告』によれば、2018年第3および第4四半期の貿易・輸出入産業の新規雇用は対前年比でそれぞれ55%、40%と大きな落ち込みを見せており、特に西部地域での同産業の新規雇用はそれぞれ80%、77%ほど落ち込んだという。
新規雇用に慎重な姿勢は輸出入関連企業だけでなく産業全体に広がっている。中国のある求人サイトが2018年10~12月に実施した調査によると、求人を減らすと回答した企業が21.3%と前年同期に比べ5.4ポイント増加したという(「中国企業、雇用に慎重姿勢」『日本経済新聞』2019年1月4日)。また、中国人民大学就業研究所所長の曾湘泉の推計によれば、2018年の中国の総就業者数は7.75-7.76億人と、58年ぶりに前年と比べて減少している。さらに、国務院の人力資源・社会保障部のウェブサイトも、2018年第4四半期の東部・中部・西部における求人数はそれぞれ第3四半期に比べ12.4%、12.6%、15.6%減少しているという結果を発表している[2]。影響はまだ限定的ながら、企業が新規雇用を手控える状況が続けば、社会不安にもつながることが懸念される。
このほか、消費者物価指数(CPI)こそ安定した動きを示しているものの、生産者物価指数(PPI)は2018年12月には対前年比0.1%とデフレすれすれの水準になるなど低下傾向が顕著になっているのも、貿易戦争に起因する景気後退の一つの現れだろう(図3)。中国のような投資需要の動向が成長率に大きく影響する経済では、景気動向をより敏感に反映した指標としてPPIに注目することが重要になる。ただし、2019年の3月以降は、一連の景気後退を受けて後述するようなデレバレッジ政策が後退したことと、大規模な減税などの景気刺激策がとられたことの影響により、PPIにもわずか上昇傾向がみられる。第一四半期の実質GDP成長率が対前年比6.4%と比較的高い数字を示したのも、このような景気刺激策の効果が一定程度反映されたものとみられる。
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