「使えない学生ばかり」と嘆く前に、企業は「こんな人材を高く買います」と伝えているか 学校教育と「スキル習得」の問題

文=畠山勝太
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GettyImagesより

 みなさんは学校に行くことにはどのような価値があるとお考えでしょうか? コネを作る、自分の実力・学力を示す、学ぶことそのものが楽しい、社会で活躍するためなど、学校に行くことには様々な価値が見いだせるはずです。そのうちの一つである「スキル」の習得についてお話したいと思います(「スキル」とはなにかは、あとで説明します)。

 学校教育に対して否定的な人からは「大学にいっても学生は何も学んでいない≒スキルを身に付けられていない」という批判が頻繁に出てきます。大企業の社長や会長が、そのように嘆きながら「使える『人材』の育成を」と大学に求める記事を読んだことがある人は少なくないと思います。これはまさに「学校教育=スキル習得の場」という考え方があるからこそ出てくるものでしょう。

 日経新聞に掲載された萩生田光一文部科学大臣インタビュー記事では、高専卒は即戦力なので(≒スキルを持っている)、給与水準を大卒と同じところまで引き上げて欲しいと要望がされていました。また経団連による初等中等教育改革の第二次提言でも、グローバル教育やICTなど、スキルを生徒に身に付けさせることが主眼に置かれていました。政府も財界も、児童・生徒・学生は学校教育を通じてスキルを身に付けているのか? という視点を意識しているのは間違いありません。

 学校教育でスキルが身についていないという懸念は、日本だけでなく、国際的にも過去10年ほどで急速に教育政策にみられるものです。

 実際に学校教育の意義が「スキル」のためだけにあるのかはさておき、結論から言えば、生徒・学生は学校・大学で様々なスキルを習得しており、その金銭的価値は決して小さなものではありません。そして、「大学に行っても学生は何も学んでいない」と嘆く企業人が、どの程度のスキルを求めているかはわかりませんが、必要なスキルを持つ人材を獲得するために必要な取り組みを十分にしているとは言えないのです。 

大事なことは学校に行くことよりも、スキルを習得すること

 最初に、「スキル」とは何かについて簡単に説明したいと思います。

 「スキル」は様々な機関による分類があるのですが、一番大きく分けると次の4つにまとめられるかと思います。

 一つは、基礎的な認知スキルで、読み書きやそろばんのような、「それが無いと他のことが何も学べない」というスキルです。次が高度な認知スキルです、現代だと外国語や微分積分・線形代数といったあたりが該当しそうです。職業スキルは、職場で直接求められるスキルで、職業高校や専門学校で学ぶもの、ないしは資格に代表されるようなスキルです。非認知スキルは協調性や忍耐力など様々な物が含まれ、職場でチームとして顧客と働いていくために求められるようなものです。

 この「スキル」が学校教育で習得できていないという懸念が国際的に加速したのは最近のことで、契機になったのは、世界銀行から2007年に出されたこのワーキングペーパーと、それに関連する一連の論文です。

 それらによると、単純に国民の平均教育年数は経済成長の間の関係を見ると綺麗な相関が出てきます。つまり、高校を卒業する、大学・大学院へと進学する国民が増えることで平均教育年数(学歴)が上昇し、経済が成長するということです。

 しかし、国際学力調査の結果も考慮してみると、国民が何年間学校へ通ったかを示す平均教育年数と経済成長の間の相関は消え、むしろ国際学力調査の結果、すなわち国民がスキルや知識をどれだけ習得しているかこそが経済成長と相関があるという分析に変わります。

 そのため、ここ2、3年で、ある国の国民の教育水準を知るためには、どれだけ知識やスキルを習得しているかを教育年数として表した新たな指標を使おうという流れも形成されてきました

 ざっくり一言でまとめると、「単に学校に行くことよりも、(学校も含めた様々な)学びによってスキルを習得することが大事」という国際的な潮流が2007年頃から形成され始めたということです。

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