
生き延びるためのマネー/川部紀子
ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。前回は、金融庁の「市場ワーキング・グループ」がまとめた「『高齢社会における資産形成・管理』報告書(案)」と炎上について書きました。その後、この炎上は政治的な攻防へと発展。6月16日には東京で2000人デモまで行われました。
前回の記事で書いた通り、金融庁の指針は既にあるデータとファクトを懇切丁寧に並べ、正論と対策を述べているだけなので、本来ここまでの騒動になるほどのことではないはずです。内容を受け入れて、すぐに行動に移すのがこの国で生きていくための正解だと思います。
今回は、この騒動に関連の深い最低限の知識をQ&A形式で1つずつ解説していきたいと思います。
Q.なぜ、大前提としていつも「少子高齢化」が出てくるのか?
A.年金の仕組みは大きく「積立方式」「賦課方式」の2つにわけられます。積立方式は、自分で払ったお金が自分の年金のために積み立てられるという仕組みです。それに対し、賦課方式とは、自分で払ったお金は、その時に年金をもらう人のためのものになるという仕組みで「世代間扶養」ともいわれます。つまり、現役世代が払う年金保険料で年金受給者を支えているのです。日本の公的年金は、後者の「賦課方式」を取っています。
なお、年金をもらっているのは高齢者だけではありません。障害年金、遺族年金、などの年金をもらっている人も支えているのが、現役世代が払っている年金保険料です。
少子高齢化が進むということは、払う人が減りもらう人が増えるということです。当然ながら年金の収支が苦しくなっていくため、年金を受け取る年齢を後ろ倒しにするなり、年金の額を下げるなり、何らかの対策が必要になるでしょう。
Q.年金の収支が厳しいなら国もお金を入れればいいのでは?
A.国でも給付費(払う年金)の2分の1のお金を入れています。これを「国庫負担」といいます。かつては給付費の3分の1だったのですが、2010年からさらに増やして2分1になりました。でも、主な財源は消費税なので、国に対して「もっと給付金を払え!」ということはどうしても消費増税に繋がってしまいます。
Q.炎上している「2000万円」はどこから出てきたの?
A.厚生労働省は毎年65歳以上夫婦(夫が平均的な収入の会社員で妻は専業主婦だった設定)の年金額の平均を公表しています。また、総務省は生活費(家計支出など)を公表しています。この2つの数字の差、つまり、もらうお金とかかるお金を計算すると、ここ数年のデータでは月に5万円前後収支がマイナスになるのです。
男性が亡くなる年齢で最も多いのは87歳なのですが、妻のほうが夫より年下という夫婦が多く、概して女性は男性より長生きですから、ざっくり65歳から30年で計算してみると、5万円×12カ月×30年=1,800万円となります。毎年のデータに違いもありますし、不測の支出もあるので年金だけだとざっくり2,000万円不足という表現もあり得るでしょう。
Q.2000万円貯めなきゃまずいですか?
A.必ずしも2000万円貯めろということではありません。不足額はどんな方法で準備しても構わないのです。例えば、報告書(案)に書かれている設定は妻が専業主婦になっていますが、共働きで厚生年金を夫婦で払えば年金額が増え不足額が減ります。また、退職金をもらえる会社も多くあります。少なくない預貯金を持っている高齢者も多いので、親の遺産でクリアする人も大勢いるでしょう。不足額が月に5万円なら、その5万円を稼ぐという方法もありますし、節約生活で平均支出額より低い金額で暮らす方法もあります。
Q.2000万円あれば余裕ですか?
A.これは人それぞれということになります。あくまで、平均的な収入の会社員と年下の専業主婦設定での年金額と現在の平均的な老後の支出額で30年を掛け算したものですので、給料の高い会社で共働きなどであれば不足額無しで年金だけで暮らせる可能性もありますし、個人事業主の夫婦だと(年金額が少ないため)2000万円でも全く足りない計算になります。年金の納付状況のよっても変わりますし、そもそも既婚とは限りません。離婚や死別で老後は1人の可能性もあります。あくまで、平均で算出された数字ですので、ざっくり2000万円としているのかもしれません。
Q.資産運用をして増やすことは必須ですか?
A.必須ということはありません。年金だけで足りない人がお金を準備する方法は何でも構いません。ただ、前提として金融庁は貯蓄から資産運用へお金をシフトしてほしい立場です。また、実際に税金面などメリットの大きく老後資産形成に適しているiDeCoやつみたてNISAという制度もせっかくあるわけですから活用してほしいはずです。そのための枕詞として、「老後は年金だけでは足りないし」を持って来るというのはごく自然です。
Q.「年金100年安心プラン」とは嘘だったのですか?
A.いいえ。2004年の年金改革でうたわれていた「年金100年安心プラン」のポイントは次の2点です。
①年金保険料の段階的引き上げを2017年までとし、それ以上年金保険料が上らないようにした。
②年金の額はモデル世帯で現役世代の手取り収入の50%を確保する。
この2点を100年間維持できるような制度設計が行われた、ということです。②の時点で、年金だけで暮らせないことは明らかです。年金制度が100年維持できるということであって、当時から年金だけで暮らせるなど一切言っていませんでした。
年金の仕組みを知っている人は、ここでいう「100年」が制度維持のことだとすぐに分かるのですが、そうでない人にとっては誤解を招くネーミングだったのかもしれません。
Q.公的年金だけで暮らせないことをみんな知ってたの?
A.今回の炎上を見ていると、知らなかった人も多かったのかもしれないという気がします。でも、厚生労働省でも年金データを毎年発表していますし、ファイナンシャルプランナーも警告しています。金融機関も金融庁と同じ方法で金融商品を販売していますので、多くの方がわかっていたと思います。普段こうしたものに目を向けない方にも伝わる方法で各種メディアがセンセーショナルに報道したので炎上したのかもしれません。
Q.公的年金で足りない人が多いのはわかったけど、さらに減らない?
A.減ると思われます。合わせて、受給開始年齢の後ろ倒しも考えられます。
2014年6月の時点で、厚生労働省は次の発表をしていました。「公的年金を持続させるには、経済成長を見込んでも、給付水準を少しずつ下げ、30年後には今より2割ほど低くしなければならない」、ただし、年金の額はモデル世帯で現役世代の手取り収入の50%を確保することは引き続き可能としています。炎上するなら、今ではなくこの時だったのでは?と思います。
★まとめ
ニュース以前にこれらの知識はとても重要です。突然知らない情報を浴びせられると、データとファクトよりも、感情や印象を優先させてしまうのが人間なのかもしれません。そんな人間の特徴を利用してメディアが報道していたとしたら、それは罪ですし、振り回されたくありませんね。
今、私が政府に対し怒りをぶつけるとしたら、税金や社会保険の知識や情報を学ぶ機会を作らなかったこと。そして、今回の炎上は、税金や社会保険の知識や情報を国民に伝える大きなチャンスだったにも関わらず、金融庁の報告をなかったことにしようとしていることです。腹をくくって事実と対策を伝えてほしかったです。
いずれにせよ、個々人は平均の数字だけではなく自分にとっての現実を見極めて、適切な行動を取らなくてはいけないと思います。
昨年発売の拙著にも老後資金に関する事実と対策を詳しく書いています。今回の報道に心を揺さぶられてしまった方は読んでいただければと思います。