自転車が車道を走れないなら、「歩道は押して歩く」というルールはどうだろう

【この記事のキーワード】

認知されていない自転車=車道

 本来、軽車両である自転車は、車道を通るのが原則だ。歩道を通っていいのは、(1)道路標識や道路標示で指定された場合、(2)運転者が13歳未満の子ども、70歳以上の高齢者、身体の不自由な人の場合、(3)車道や交通の状況からみてもやむを得ない場合に限られる。歩行者が優先される歩道では車道寄りの部分を徐行し、歩行者の通行を妨げるような場合は一時停止しなければならない。

 しかしこうしたルールは、現実にはほとんど知られてすらおらず、守るべきルールとも考えられていない。自転車に乗っている人のほとんどは、自らを歩行者と考えているのではないか。

 ただ、ルールを定めても守られない状況の裏には、日本の道路事情、特に自転車にとって劣悪な道路事情がある。

 たとえば東京では2015年、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて「自転車推奨ルート」の整備に取り組む、との方針を発表したが、対象は都内のごく一部にとどまる。実際に整備された場所においても、自転車レーンではこれまでと同様に自動車が幅を利かせる状況が続いていて、自転車が通行しやすい状況にはなっていない。

 自転車利用者もやむなく歩道に追いやられている側面があるのだろうが、結果としてとばっちりを受けるのは、最も弱い立場にある歩行者だ。「お互いさま」と思わなくもないが、歩行者として歩道上で日常的に危ない目に遭い、邪魔者扱いされていると、心中穏やかならぬものがある。

「歩道は押して歩く」ようにすればよい

 人が自転車に乗る理由はさまざまだろうが、自転車自体が好きな人(比較的少数だろう)を除けば、何らかの必要性や利便性から選択しているのだろう。(1)歩くより早く移動したい、(2)遠距離を楽に移動したい、(3)荷物や子どもなどを載せたい、といったあたりが代表的だろうか。いずれも事情はわかるが、少なくとも(1)の早く移動したいというニーズは、歩道においては歩行者の安全性を損ねる危険性があって、いわば利害が衝突する。歩行者の立場からはスピード制限を設けてほしいと思うが、自動車ですらスピード違反はほとんど野放しだから、自転車について実効性のあるスピード違反取締体制を作り運用することはほぼ不可能だろう。

 そこでだが、「歩道では自転車に乗らず押して歩く」というルールはどうだろうか。これなら歩行者にとって危険なスピードにすることは難しいし、違反しているかどうかも一目でわかる。押して歩くのでは自転車を使う意味がないではないかと思われる向きもあろうが、荷物を運んだり子どもを乗せたりする目的に関していえば、荷物や子どもが自転車上であればとりあえず用は足りる。スピードを出すことはできないだろうが、歩行者より速く走りたければ車道に行ってくれ、という話だ。もちろん、小さい子どもや高齢者は現行通り乗ってもいいという例外を設けてもいい。

 現行の「原則車道」ルール自体ほとんど知られていないのに新たなルールなど作っても意味がない、という意見もあるだろう。しかし、現在自転車の運転マナーが悪いのは、それらを教えられる機会がなく、取り締まりもほとんど行われていないことによる。実際にどんどん取り締まればいい。その際、違反かどうかを簡便に判断できる基準は重要だ。現場において、「歩道では押して歩く」ルールは現行の「歩行者の通行を妨げるような場合は一時停止」ルールよりはるかに使いやすい判断基準となるはずだ。

1 2 3

「自転車が車道を走れないなら、「歩道は押して歩く」というルールはどうだろう」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。