夫の自立と妻の自立〜労働とジェンダーが交差するところ/トミヤマユキコ+西口想

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『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)、『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)刊行記念 トミヤマユキコ+西口想トークイベントにて撮影

 人は必ずしも結婚しないし必ずしも子供を産み育てないが、多くの女性にとって恋愛→結婚→出産→育児と続く道は、「仕事との両立」を迫られる過酷なロードと化している。また多くの男性にとって恋愛→結婚→出産→育児と続く道は、家族を養う大黒柱としての重圧とプライドを背負い、転勤だってどんとこいで会社にいっそうの忠誠を誓うとともに、「どうしてあなたばかり仕事に時間を割けるのか」「親なのだから共に子育てすべきだ」と正論をぶつける妻に困惑し、家庭へのコミットも要請される、これまた茨の道。そんなイメージが近年、広く共有されるようになった。

 もちろん夫婦仲良く柔軟にシフトを組み円満に家庭を回す世帯も多数あるはずだが、「うちはこうやってうまくやってますよ~」なんて穏やかなアドバイスよりも、今のところ、怨嗟やいがみ合いが目立って見えてしまうのは、インターネット社会で可視化される声に偏りがあるゆえの特性なのだろうか。

 けれども、それぞれの主張を戦わせ合っていても事態は進展しない。恋愛ハウツーや婚活ノウハウ、効率的な仕事術や家事方法など、様々な情報が個別に流れ人気を博しているけれど、そこに確かな答えなんて何もないわけで。仕事(労働)と恋愛・結婚生活や育児は個別の事案ではなくひとつながりの、つまり同一人物の人生を構成する要素であり、人生はひとりひとりまったく違う。だから昔からきっと、万人に適用可能な正解などなかった。

 そんな2019年、注目したい2冊の本が出た。トミヤマユキコさんの新著『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)は、自らの結婚生活から映画や漫画、小説、芸能人まで縦横無尽に様々な「夫婦」を紐解く「夫婦研究」の本だ。そこには無限ともいえる「夫婦」の多様性が見出せる。

 もう1冊は、職場恋愛=オフィスラブについて小説から読み解いた、西口想さんの『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)。「夫婦」になるにあたり、現在でも約3組に1組が職場で出会った相手と結婚しているというデータから着想し、現代日本の労働環境やジェンダー規範を押さえて「オフィスラブ」を研究している。

 著者ふたりは「夫婦」と「オフィスラブ」が交差するトークイベントを4月に開催。その模様を、ここにお届けする。

※本記事は、【『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)、『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)刊行記念 トミヤマユキコ+西口想トークイベント】をもとに制作しています。

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トミヤマユキコ
ライター/研究者。1979年生まれ。ライターとして日本の文学・マンガなどについて書きつつ、大学では少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当している。早稲田大学法学部、同大大学院文学研究科を経て、2019年4月から東北芸術工科大学芸術学部講師。著書に『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『大学1年生の歩き方』(共著、左右社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)がある。

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西口想(にしぐち・そう)
1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は労働団体職員。「マネたま」にて「映画は観れないものだから心配するな」連載中。

『東京ラブストーリー』は本当に悲しい話

西口 僕はトークイベントに出るのが人生で2回目でして。今日は、めちゃくちゃ場馴れしている先輩をお呼びして、何となく安心感を得ようという趣旨でございます。

トミヤマ 本日はありがとうございます。早速ですが、そもそもなんでこのテーマで書くことになったんですか。

西口 『マネたま』というウェブサイトの編集者から「オフィスラブについて連載してください」という依頼がありました。その編集者は実はトミヤマさんとも共通の知り合いで、僕とトミヤマさんとの関係も含めて少し僕の経歴を説明しますね。

 僕は大学で小説や評論を読んだり書いたりするコースにいました。当然、そこには作家志望の学生が多いのですが、学校を出ていきなり小説家になれるわけはないし、ほとんどの人が就職します。ただ、働き続けながらでもやっぱり書きたいよねっていう人たちで集まって『好物』という文芸フリーペーパーを作っていました。そのコミュニティで、当時僕の出身コースの助手だったトミヤマさんと、のちに『マネたま』の編集をする彼と知り合ったんです。『好物』で僕は短い創作や恋愛映画についてのエッセイを連載したりしていて、彼の中では僕は恋愛ものが好きで今は労働の専門家。「あ、オフィス×ラブだ」となったんじゃないかな。

トミヤマ なるほど。『なぜオフィスでラブなのか』は、フィクションについて書かれたものでありながら、労働団体職員だからこその知識も盛り込んであって、実にバランスがいいなと思いました。

西口 「小説の紹介にしてください」というオーダーがよかったかなと思います。書評だと、いきなり自分語りとか始まりにくい。「俺がテレビの仕事をしてたときは……」みたいなこと言われると、結構うわーってなると思うんですよ。

トミヤマ 「自分語りキモー!」みたいなことになりかねないということですね(笑)。小説はもともと読んでいたと思いますけど「オフィスラブ」であることを意識して読んでないでしょう。お仕事小説として名の知れた作品を選んで、そこに出てくるラブについて書くやり方もあると思うんですけど、全然そういうラインナップじゃないですよね。最高なのは、雪舟えまさんの作品が出てくることなんですよ。ここだけでも超すごいと思って。

西口 ありがとうございます。雪舟えまさんは独特の世界観を持たれた天才的な歌人であり小説家ですよね。

トミヤマ このチョイスはやっぱり西口さんの個人的な読書体験から来てるんですか?

西口 自分の好きな作家だけでいけるかなと思って引き受けたんですけど、一から探し直した感じです。「オフィスラブ」という小説の分類は存在しない。そもそも、こういうふうにオフィスラブについて考えている本ってないんですよ。家族社会学でアカデミックな論文はいくつもあるんですが、一般向けだと、恋愛カウンセラーによるオフィスラブ指南本くらいで。そうならないように気を付けて……。なんか、いかがわしいじゃないですか、「オフィスラブ」という言葉自体が。

トミヤマ 西口さんがオフィスラブという言葉に抵抗感を持っているんだなっていうのは読んでて分かりました。私は「恥ずかしくて死ぬ!」みたいな感じじゃないんですよ(笑)。食パン、コンビニ、オフィスラブみたいな感じで、別にっていう。

西口 日常風景!? オフィスラブですよ?(笑)声に出すとものすごいやばい感じがするんですよ。そんな自分の「オフィスラブ」イメージの源流を探求している本でもあります。そのひとつは職場結婚をした僕の両親で、もうひとつはテレビドラマなどのメディアからの影響です。特に小学生の頃にこっそり観ていた『東京ラブストーリー』。この本で原作漫画を取り上げた章では、トミヤマさんの評論(「労働系女子マンガ論!」第7回「『東京ラブストーリー』柴門ふみ 〜「カンチ、セックスしよ!」の向こう側にあるもの(前編)」)も引用させてもらいました。

トミヤマ ありがとうございます。私は成人女性向けの漫画を研究していて、特に女性労働がどのように表象されてきたかに興味があるんですが、『東京ラブストーリー』の名台詞として知られる「ねえ、セックスしよ」は、ドラマと原作で全然ニュアンスが違うんですよ。原作がほんとに悲しいんだ……。まさに労働系女子の悲哀です。そこを西口さんはリカとカンチとのオフィスラブに着目して分析していたのが面白くて、改めて読み返したくなりました。

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