
「Getty Images」より
刑事裁判に市民が参加する裁判員制度が施行され、今年で10年。節目の年ということで最高裁判所が今年5月にまとめの報告書を公表したところ、裁判員の辞退と無断欠席が増加していることがわかった。
報告書によると、裁判員候補者に選ばれながら辞退した人の割合(辞退率)は、2018年度で約7割。無断欠席は3割超にも上る。
辞退率は制度開始時の53.1%から、2016年度の64.7%、2018年には67%と徐々に増加している。また、辞退が認められず、出席を求められたにもかかわらず出廷しなかった無断欠席の率も、制度開始時の16.1% から2018年には32.5%と、約2倍に増えている。
正当な理由なく出廷しない場合、10万円以下の過料が課されるとされてはいるものの(裁判員法112条)、これまで罰金が科せられた例はない。このままでは司法の国民的基盤が揺らぐと専門家は警鐘を鳴らしている。
裁判のために連日仕事を休めない。休ませられない
裁判員制度は、刑事裁判に市民の感覚を反映させる目的で2009年に導入された。20歳以上の有権者からくじで選ばれた市民が、プロの裁判官とともに殺人や強盗致傷など重大な刑事事件の審理に加わる。裁判官3人と裁判員6人による審理が原則。有罪か無罪か、そして有罪の場合は量刑を決める。
いったいなぜ、辞退率・出席率が低下しているのか。最高裁が行った調査・分析では、以下の4つの要因が挙げられている。
①審理日数が年々増加している(2009年は3.4日。2019年は6.4日)
②人手不足・非正規雇用の増加など雇用情勢の変化
③国民の関心の低下
④高年齢化
平たく言えば「人手が足りず雇用も不安定な中、連日仕事を休めない。休ませられない」「裁判なんて面倒だ」というところか。
とはいえ、仕事が忙しいからといって誰もが裁判員を辞退できるわけではない。裁判所は国民への配慮から、高齢、疾病や傷害、介護や養育、仕事といった理由での辞退を認めてはいるものの、それはあくまでも裁判員法で定められた、やむを得ない事情があると認められた場合のみ。仕事でいうと、「事業上の重要な用務があって、自らがこれを行わなければ著しい損害が生じるおそれがあること」という要件を満たすと裁判所が認めた場合だけだ。
辞退願いが認められず、裁判所から「呼び出し状」が来たら、出廷しなければならない。にもかかわらず無断欠席する人が徐々に増えて、今では3割を超えている。
裁判員をやって会社に戻ったら、席がなくなっていた……。企業の理解が不可欠
幸いなことに、裁判員をやりたくないという人ばかりではない。最高裁判所が2017年に行ったアンケート調査によると、「積極的にやってみたい」と「やってみたい」の合計は37%だった。しかし、このような参加意欲の高い人でも、裁判に参加するためには職場(企業)の理解と協力が不可欠だ。審理に必要な日数だけ休暇を取る必要があるし、休んだことで雇用が脅かされるような状況であれば、とても引き受けられたものではない。
けれども現実は、理解のある企業、余裕のある企業はそう多くはないようだ。裁判員に選ばれたことを上司に相談したら、その場で辞退届けを書かされた人もいる。また、裁判員を務めた人が10日間の審理を終えた後に出社すると、会社に席がなくなっていたというケースも報道されている。
これは上司が公表禁止規定の範囲を勘違いしてか、同僚など周囲の人間に裁判のことを伝えなかったため、なぜか無断欠勤扱いになっていたそうだ。結果、会社にいづらい状況になってしまい、退職を余儀なくされたということだった。市民としての義務を果たすべく裁判員を務めた人が、そのせいで職を失うのではやりきれない。
裁判員法では、「裁判員として休みを取ったことで何人も解雇されたりしてはならない(裁判員法100条)」と定められてはいるものの、上掲のように、自ら退職するよう追い込まれてしまうケースもある。非正規で働いている人ならなおさら、何日も休めば職を失うかもしれないという不安は強いだろう。
また、裁判員に選ばれて仕事を休む際の休暇だが、現時点ではそれを有給とするか、無給とするか、「裁判員休暇」といった特別の有給休暇制度を設けるかどうかも各企業の判断に委ねられている。無給なら裁判など出られない、生活がかかっている、という人もいるだろう。
裁判所は候補者の勤務先の上司に文書を送り、参加への理解と協力を要請するなどしているが、それでも辞退・無断欠席は増加している。このままでは裁判員休暇が取れる勤め人、あるいは時間やお金に余裕がある人しか裁判に参加できないということになりかねない。裁判参加が義務ならば、そのための休暇制度も義務付ける必要があるかもしれない。