最終的な護身は“法律”しかない
綾も10年前から放送大学に入学し、民法を学びながらスクールカウンセラーを目指している。
「虐待を受けた子が身を守るには、最終的には“法律”しかないよって言いたい。わたしと同じような人を出しちゃ、もういけないんですよ」
たとえ成人して、金銭的に自立していたとしても、親の“追っ手”から完全に逃れることは難しい。自宅の場所を知られる可能性を1%でも減らすために、綾は成人後、「住民票の閲覧制限」のほかに、戸籍の「分籍」も行った。
通常は、結婚などで「実家の戸籍」から「自分の戸籍」を抜いても、「新しく移した本籍の住所」や「結婚した相手の名前」は、履歴として実家の戸籍に残ってしまう。しかし、婚姻届けを出す前に「分籍」の手続きさえ行えば、実家の戸籍には「分籍(除籍)」の事実のみが記載され、新しい住所や結婚相手の名前が載ることはない。これは、成人のみができる手続きだが、独身であっても実施可能だ。「自分ひとりの戸籍」を持つことができるからである。
綾は、法律を1つ1つ学ぶことで、それと同じ数だけ心の安寧を得ようとしている。親の借金を相続しないための手続きについても、調べている最中だ。
このようなノウハウをいずれは、自分と同じ苦しみを抱える“後輩”たちに教えてあげたい。
直樹は、こんな綾のがんばりをみて「いつも一生懸命でいいね」と微笑む。君を全面的に認めているよ、というメッセージなのかもしれない。直樹にだって性欲はある。それを別の場所で発散することがあったとしても、綾はそれを受け入れている。夫婦の絆をどこで結ぶかは、本人たちが決めればいい。