ジョー・バイデンの過去/バラク・オバマのレガシー ~「黒人差別の歴史」を語る大統領候補者たち

文=堂本かおる

連載 2019.07.04 06:05

黒人男性を「ボーイ」と呼ぶ人種差別主義者

 ハリスは「アメリカを人種分断させることによってキャリアを築いた2人の議員についてあなたが語るのは、とても辛いのです」とも語った。つい先日、バイデンがニューヨーク市内での選挙資金集めのイベントで賞賛した2人の議員(共に故人)を指している。当時、2人は南部の頑迷な人種差別主義者、人種統合反対主義者として知られていた。

 議員としての初当選時、まだ29歳だったバイデンは古株の2人から見れば「若造」だった。バイデンは「議員は私を「son(息子)」と呼び、「boy(少年、男児)」とは呼ばなかった」と、当時のエピソードを語った。

 アメリカでは年配の男性が若い男性を血縁がなくとも「son」と呼ぶことがある。人種を問わず、親愛の情を込めた呼び方だ。一方、昔は白人男性が黒人男性を年齢にかかわらず「boy」と呼んだ。たとえ中壮年であっても一人前と認めないことが理由だ。50代で孫すらいる黒人男性が、30代や40代の白人男性から名前でなく、「boy」と呼ばれるのである。

 バイデンは白人だが、古参議員が「若造」の意味合いで蔑称「boy」ではなく、親愛の情がこもった「son」を使った、つまり人種差別主義者であり、自分とは信条が異なる議員とも自分はうまく関係を保てた、と主張したのだった。

 だが、黒人たちは「boy」を引用したバイデンの発言に強く反発した。やはり今回の大統領選に立候補している上院議員のコーリー・ブッカーが声を上げた。黒人として、白人の口から「boy」を聞くことの辛さをブッカーは切々と訴えた。

 なお、ブッカーは1969年生まれだが、両親はスクールバスによる人種統合通学ではなく、白人地区への転居を選んでいる。白人地区に暮らせば地元の学校に通えるからだ。現在も少なくない数の黒人家庭が子供に良い教育を与えるために選ぶ手段だが、犠牲にするものも多い。自らの黒人文化環境から隔たり、白人文化の中で暮らしていくことになる。さらには黒人差別の対象にもなり得る。ブッカーの両親も白人地区で家を買えずに苦労している。だが、それを支援したのが白人弁護士であったことから、ブッカーは人種間の融合を訴えている。

 ちなみに日本でもヒットした劇場版アニメ『スパイダーマン: スパイダーバース』(2018)の主人公も同様の教育環境に設定されている。スパイダーマンとなる少年マイルス・モラレスはニューヨーク・ブルックリンの黒人地区に暮らす黒人とラティーノのミックスだ。両親はマイルスを地元の公立中学校ではなく、離れた場所にある優秀な学校に通わせているが、マイルスは地元に戻りたがっているという設定だ。学校の人種不統合と所得格差が招く学力格差は現在も解消されていない重大な問題なのである。

ジョー・バイデン「我々はこの国の魂のための戦いの最中だ。国内を隔てる分裂の政治を終わらせ、再び前進できる。しかし、全員が取り組み、それぞれの役割を果たさなければならない。さぁ、始めよう」

オバマは「黒人なのに聡明」

 バイデンは2008年の大統領選にも立候補していた。結果的にバラク・オバマが民主党代表候補となり、バイデンは副大統領候補のポジションを受け入れた。やがてオバマが本戦で勝って史上初の黒人大統領となり、以後、2人は人種を超えて良きチームメイト、さらには親友となった。

 だが、選挙戦のさなか、バイデンはライバルのオバマを称賛するつもりで以下のコメントを発した。コメントは炎上し、バイデンはオバマ本人に直接の謝罪を行なっている。

「(バラク・オバマは)明瞭に話し、聡明で、すっきりし、見かけの良い、初めての主流派のアフリカン・アメリカンだ」

 黒人蔑視の裏返し表現として知られる「articulate」が最も問題とされた。「articulate」を一言で表す訳語はないが、「発話できる」「話す能力がある」「はっきりと伝わる」「明瞭な」と言った意味がある。白人が黒人の会話能力を見下しているがゆえ、優秀な黒人に対して敢えて使われる単語だ。

 ジョー・バイデンの人柄の良さは本物だ。明るく快活でユーモアのセンスもあり、本人が言うように誰とでもうまくやっていける。その一方で、歯に衣着せぬはっきりとした物言いも多い。何より上院議員としての36年間、副大統領としての8年間の経験は大統領を務める上で、この上なく貴重だ。2008年の副大統領候補同士の討論会で、政治の素人であったサラ・ペイリン候補を侮辱などすることなく、的確な応答でやりこめたのは今も記憶に残る。

 だが、大統領選における人種問題というパンドラの匣をバラク・オバマが開けてしまったのだった。実のところ、初の黒人大統領としてオバマ自身は黒人問題に極力触れなかった。選挙戦中にそれを行えば、非黒人有権者の反発を買うのは必須だった。当選後も大統領として中庸を保つ努力をした。

 しかし、2012年に17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが自称自警団の男に射殺された時、オバマ大統領は黒人としての発言を行なっている。

「トレイヴォンは私の息子だったかもしれない」
「35年前の私に起こったことかもしれない」
「エレベーターで(黒人と)乗り合わせた女性は神経質にバッグを強く抱え、降りるまで息を潜める」
「デパートでの買い物中に(万引きをしないかと)後を付けられる。私にも起こった」
「道を歩いていると、車のドアが中からロックされる音が聞こえる。私にも起こった」
「アフリカン・アメリカン・コミュニティには多くの痛みがある」

マイノリティの存在を知る大統領を

 オバマ大統領の8年間により、黒人の大統領立候補者たちは黒人問題を語れるようになった。カマラ・ハリスとコーリー・ブッカーがそうだ。アフリカン・アメリカンだけでなく、ヒスパニック、アジア系、ゲイの候補者も同様に、自らのマイノリティ性を意図的に沈黙する必要は無くなった。トランプに敗れはしたが、ヒラリー・クリントンの存在により女性候補者たちも同様だ。

 逆に言えば、マジョリティである候補者たちは、これまで意識せずに済んだマイノリティの存在を意識する必要がある。かつ自身の対マイノリティ感情を無意識のレベルまで突き詰めて考えなければならない。そうでなければバイデンのように失言を繰り返す。今後、マイノリティの存在を意識しない候補者を大統領に選んではならないのである。
(堂本かおる)

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