私が実父のキスを拒めず、教師やスクールカウンセラーにも口を閉ざした理由

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海苔や味噌をなめて、弟と空腹をしのぐ

 綾は、神奈川県にある海辺の街で生まれた。お正月には、箱根駅伝が近くを通り賑わう。

 最近では、ちょっと都会的な街として名前が挙がることもあるけど、綾の記憶にあるのはごくごく庶民的な街並みだ。

 住んでいた2階建てのアパートには、生活臭がこびりついている。2DKでキッチン、風呂、トイレ別。狭い畳の部屋に布団を並べて、2つ年下の弟と家族四人、川の字で寝た。住民の出入りも頻繁で、お隣との付き合いはあまりなかった。

 父の職業を尋ねると、「タクシー会社で、議員やタレントなどを相手にするハイヤーの運転手をしてましたね。おじいちゃんのコネで入ったので、本人的には一生懸命やろうとしてたみたいですけど」と他人事のように答える。

 いわゆる社会的地位の高い顧客を相手にするドライバーは、平均年収が500万円を超えるといわれる安定した稼業のはず。正直、もっといい家に住めたのではないだろうか。

「実際、チチオヤの収入はよかったと思いますよ。でも、ほとんどをお酒とギャンブルにつぎ込んでたんです。プラスチックの大きなボトルに入ったウイスキーが、いつも傍らにありました。ハハオヤも、夜は飲みに出かけて朝まで帰ってこない。一応パートで働いていたけど、お店からお金とかくすねてきちゃって手癖が悪かったみたいで…。オヤたちは毎日のように怒鳴り合いのケンカ。わたしはオヤから怒鳴られたり、ぶたれたりすることもしょっちゅうでした。まだ赤ちゃんだった弟のおしっこが上手くいかなくて苛立ったのか、なぜか私が“おまる”で殴られたこともありましたし」

 綾は「父親」「母親」という言葉をあまり使いたがらない。メールなどではカタカナを使い、嘲笑するような書き方をしてくることもあった。「親」という漢字を排除することで、「親らしいことを何一つしてくれなかった」という、“あのとき”に言えなかった、彼らへの無言の抗議をしているようにも見える。

 弟と洗濯や掃除などをしながら、両親の帰りを待ち、なんとか生活をつなぐ日々。食事は、テーブルにお金が置いてあれば「当たり」。ないときは冷蔵庫に残った海苔や味噌を舐めて、空腹をしのいだ。近所に住む母方の祖父母が心配して、煮物などのおかずを差し入れてくれることもあったが、母に見つかれば「こんなもの食べやがって!」とゴミ箱にぶちまけられた。喉から手が出るほど食べたかったが、さすがに我慢した。

「今思えば、ハハオヤはもう、産んじゃった子どもには興味がなかったんだと思います。『お前らに使う金は一銭もねぇ!』というのが口癖でしたから。そんなオヤにでも、あのころは、ほめてほしい、認めてほしい、という気持ちでいっぱいでした。テスト勉強もがんばりましたよ。怒鳴られて、自分が否定されたと思うとツラいから、たとえ学校では反抗していても、家では何も言えない子どもでしたね。どんなことがあっても『見ざる、聞かざる、言わざる』でした」

 綾は『見ざる、聞かざる、言わざる』とすることで、いったい何を自分に禁止したのだろう。

「“言わざる”は、ほしいものや行きたい場所という願望を口にしないこと。どうせ叶わないし、殴られるだけですから。“聞かざる”は、両親のケンカの声を聞かないこと。狭いアパートなんで、実際は至近距離で聞こえてしまうのですが、『耳の感覚を切る』ことで乗り切りました。こういうのって、やったことがない人には説明しづらいんだけど……」

 「感覚を切る」という表現は、虐待サバイバーからしばしば耳にする言葉だ。

 強いストレスを受け続ける子どもたちには、多くの場合“別の居場所”という選択肢はない。逃げられないのなら、せめて“何も感じないように”感覚を遮断し切り離して、苦痛に押しつぶされそうな自分を救おうとするのだ。これは、しばしば無意識のうちにとられる防御反応である。

 “心を飛ばして”いるときは、「つらい目にあっているのは自分ではなく他の誰か」だと思うことができる。筆者も小中高生時代に経験があるが、殴られている最中は「肉体はロボットで、心はその操縦士だ」と強くイメージしてきた。心は、雲の上などの安全な場所から、コントローラー片手に肉体を見下ろしている。傷つくのは空っぽのロボットだけ。だから、痛みやみじめさを感じることもない。心は真っ白できれいなままだ。

 やがてその感覚は、平常時にも続くこととなった。危機意識が欠如し、20代半ばまで何が起きてもどこか他人事だった。

 この症状が深刻化すると、メンタルヘルスの世界では「解離性障害」という次のフェーズに入り、一般に「多重人格」と呼ばれる「解離性同一性障害」を引き起こすこともある。これは虐待に限らず、いじめや災害、戦争などで強度なストレスを受けた人たちにも見受けられる現象だという。

 では、綾が、視覚を遮断したくなるほど、恐れたものはなんだったのだろう。

「“見ざる”とは――、チチオヤの大事な部分です」

 大事な部分とは、男性器のこと。

 中学一年生。少し胸が膨らんできたころから、父の態度が少しずつ狂いはじめた。

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