スポーツブラの匂いを嗅ぐ父
綾の父は、家の中ですれ違うときに、胸や尻にさりげなくタッチしていくようになった。父の体を覆うアルコールの匂い、また酔っているのだろう。あくまで自然を装う、痴漢のような手つきに身の毛がよだった。
脱衣所の洗濯カゴから、綾が履いていたショーツや最近付け始めたばかりのスポーツブラを取り出して、鼻をうずめ、匂いを嗅いでいたこともあった。たまたま見かけてしまった綾が凍り付いていても、一向に止めようとしない。コンドームやアダルト雑誌が、本棚などのあえて目に着く場所に置かれるようになった。
空恐ろしさを感じたが、どう反応していいか分からない。抵抗をしなかった綾に、父の行動は徐々に積極性を増していく。
別の日は、「綾、ちょっと来い」と風呂場から声がして行ってみると、パンツを脱ぎ、性器を露出している父がいた。ねっとりとした視線が綾に絡みつく。なにか、とてつもなく恐ろしいものを突き付けられているようだった。
「え、何がしたいの? あきらかにこの人はおかしいって思いました。きっと友だちのお父さんや学校の先生はこんなことしないよなって」
性欲だけではない、支配欲の闇
実は「娘の胸をさわる」「使用済の下着の匂いを嗅ぐ」という男親の奇行は、綾だけではなくネット上にも数多くの悩みが投稿されている。娘を性の対象とするような行為は、妻に次ぐ「新しい性欲の対象」として扱われるのだろうか。
子どもや女性など社会的弱者の人権を守るためのNPO法人「女性と子どものエンパワメント関西」が、大阪市にある。その理事長である田上時子氏らが執筆した『知っていますか? 子どもの性的虐待一問一答』(解放出版社)では、子どもに性的虐待をする男性の心理を次のように述べている。
「男性にとって、性は支配欲と結びついてきた。これは、男性側が女性や子どもを力で抑えつける社会であったことに起因し、性行為で相手を征服・支配すると、より大きなパワーを感じる。暴力は、パワー(力)とコントロール(支配)に強い関係がある」(要約)
また、性犯罪加害者のための再犯防止プログラムを実施している、大森榎本クリニックの精神保健福祉士・斉藤章佳氏は、Buzz Feed Newsのインタビューで次のような内容を語っている。
「痴漢などの動機には、優越思考やストレス解消、不安や孤独感からの逃避など、性欲以外のことも多い。性暴力のトリガー(引き金)には“自暴自棄”も含まれ、仕事やプライベートで喪失感を味わった際、自分より弱いものをいじめて支配することで、優越感や達成感を得て、自分を取り戻すことがある」(要約)
これはあくまで推測にすぎないが、ひょっとしたら綾の父親は、仕事や夫婦関係に無力感を感じており、娘を「性」で支配することで権威や自信を取り戻そうとしていたのかもしれない。泥酔するほどのアルコールは、わずかに残った良心を吹き飛ばすには充分だった。
もちろん、他の可能性も考えられる。しかし1つだけわかっていることは、当然まだ12歳の綾には想像の余地さえなく、理解できない状況に怯えながらただ父の支配を受け入れるしかなかったということだ。