「こんなこと、きっと誰も信じてくれないですよ」
14歳で初潮を迎えると、父の行為はさらにエスカレートする。
「夜に寝ていると、チチオヤがふとんにもぐりこんできて、キスをしてくるようになったんです。唇とか、耳の裏とか。ベロは――出していなかったと信じたいですね。酒とタバコの混じった吐息がくっさい。あのころ、わたしと弟が同じ部屋、オヤたちは隣の部屋で寝ていました。なのに朝起きると隣にいるんですよ」
はじめての日。気がつけば、ギャーッと悲鳴が出ていた。
レイプされるんじゃないか。さすがに懇願する。
「こんなことやめてよ、お父さん!」
それを聞いて、父は我に返るどころか、激昂した。
「うるさい! 近所に、オレが折檻してると思われるだろ!!」
綾を布団に押し付け、力任せに、何度も、何度も、顔を殴った。
こんなやりとりが何度か続き、抵抗はムダなことだと思い知る。母も常日頃から「騒ぐと、わたしが折檻していると思われるからやめて」と、父と同じことを口にする。取りつくしまもなかった。ならば父を説得するよりも、自分をだまして「何もなかった」ようにふるまうほうが楽だ。ああ、この目さえ見えなくなればいいのに。
心の中でいつもの呪文を唱えた。
見ざる、聞かざる、言わざる。
見ざる、聞かざる、言わざる。
家庭外の誰かに、助けを求めることは出来なかった。
「友だちや先生になんて言えるわけないじゃないですか。スクールカウンセラーもいたけど、実のチチオヤからキスされるなんて気持ち悪くて。それにこんなこと、きっと誰も信じてくれないですよ」
それに「嘘つき」呼ばわりされたら、どうしようという恐怖もあった。家の中でさえ認めてもらえないのに、学校の先生や友だちにまで自分を否定されたら、もうわたしには居場所がない――。