日本語教育推進法は、30年以上放置されてきた自治体丸投げ、ボランティア頼みの日本語教育に終止符を打つか

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日本語教育推進法とは

 同連盟がその案を作成した日本語教育推進法は、冒頭でもご紹介したように日本語教育の推進によって多様な人々が共に生きる、活力のある共生社会の実現等に寄与することを目指し、国の責務等を定めたものです。その上で、日本語教育とは、「外国人等に対して行われる日本語を習得させるための教育その他の活動である」ことを定義づけ、基本理念として以下の7項目を盛り込みました。

1) 日本語学習を必要とする人の希望、置かれている状況や能力に応じた日本語教育機会の最大限の確保
2) 日本語教育の水準の維持向上
3) 教育や労働、出入国管理など、その他の関連施策等との連携
4) 国内の日本語教育が地域の活力の向上に寄与するものであるとの認識の下行われること
5) 海外で行われる日本語教育によって日本に対する諸外国の理解と関心を深め、交流を促進すること
6) 日本語を学ぶ大切さについて、外国人等の理解と関心が深められるように配慮すること
7) 海外にルーツを持つ子どもたちが家庭で使う言葉(母語など)の重要性に配慮すること

 これら基本理念に加え、基本的施策として国内では、「外国人等である児童生徒」「外国人留学生」「働く外国人(外国人等の被用者等)」「難民」それぞれに対する日本語教育および「地域における日本語教育」の機会拡充が記載されただけでなく、日本語教育に対する国民の理解と関心を高めて行くことも盛り込まれました。また、海外での日本語教育機会拡充については、外国人だけでなく海外に暮らす日本にルーツを持つ子どもたち(在留邦人の子等)もその対象となっていることが特徴的です。

 また、日本語教育の水準の維持向上や必要な調査の実施、地方公共団体の取組についても言及し、国がその責任を持って行う日本語教育推進の足場として、その必要となる範囲はおおむねカバーし得るものとなっています。

 日本語教育推進法は、「理念法」であるため、これができたことだけですぐに万事解決とはいきません。この足場である法律の上に、どのような建物を建てるのか。誰が、どのようにそれを担うのか。必要な予算が十分に措置できるのかなどの課題に取り組まねばならず、ようやくスタートラインに立てたばかりといった状況に過ぎません。また、本来であれば、日本語教育推進法は移民基本法のような「大きな枠組み」の一つのパーツとして存在すべきもので、この法律単体では長期的なビジョンに基づいた計画を立てるのは無理があると考えています。

 それでも、少なくとも1990年から日系人の方々が日本社会の根底を担い始めて以降、あるいはそれ以前から30年以上にわたって続いてきた「自治体丸投げ」「ボランティア頼み」の状況が今後改善に向かう余地を得たことは、大きな一歩であると言え、関係者の期待も高まっています。

これからの課題は―地域間格差の是正と担い手不足の解消

 今後は、特に海外にルーツを持つ子どもたちや外国人生活者など、地域で日本語を学ぶ機会を必要とする方々の学習機会の保障が、重要な取組のひとつとなります。これまで、主に日系人等が集まって暮らしてきた一部の地域(「外国人集住地域」)が先駆的に取り組んできた、学校での日本語教育や地域での支援を全国に広げていくことができるかどうか。様々なレベルで動きが出始めています。

 しかし、外国人集住地域以外の、外国人住民数が少ない自治体では、外国人に対する日本語教育ニーズに対しての取組が人材や予算の不足などを理由に進んでおらず、こうした日本語教育の「空白地域」に暮らす外国人は45万人以上に上るとも言われています。一方で、これから日本で生活する外国人は各地で増加してゆくと見られる上、特に日本人の担い手が不足する地方での増加傾向がいっそう顕著になってゆきます。

 今後外国人の増加が予想されるこうした地域では、日本語教育機会の多くをボランティアによる手弁当で担ってきましたが、世代交代が進まず、担い手の高齢化に悩む団体からは「若い人は共働きで忙しく、募集しても来ない。私たちも20年以上活動を続けてきたけれど、そろそろ限界にきている」と、苦しい現状が聞こえはじめています。

 さらに、これまでは「じゅうぶん」な体制整備を行ってきた自治体の中にも、外国人の急増で支援が相対的に不足し始めており、今後は少ない数の日本語教育の担い手と限られた予算を使って、いかに日本語教育機会を効率的に拡充してゆくかという視点が必要不可欠です。

専門家による日本語教育機会の必要性とは

 日本語教育は、日本人(日本語ネイティブ)が学校で学んできた国語とは異なり、外国語または母語ではない言語として学ぶ人たちを対象として行われます。英語教育に英語教師がいるように、外国語としての日本語教育には日本語教師という専門性を持った人材が存在します。日本語教師は、どのような母語を話す人々の集団であっても、日本語を使って日本語を教えるスキルを持っています。

 例えば「私は」と「私が」の違いを、日本語があまりよく理解できない外国人に対してもわかりやすく説明することができますし、日本語を学ぶという行為を通して学習者が日本での生活ルールや制度を理解し、自立的に暮らすことができるよう支えることもできます。まさに、日本社会の「入り口」を支える専門職と言えます。

 日本語教育の専門家が、地域に暮らす異なる母語の人々に対して来日直後一定期間集中的に日本語や社会生活に必要な情報を教える環境が整えば、少なくとも「意思疎通できないほど日本語がわからない」状態からは最小限の期間で抜け出せる人が増えます。コミュニケーションが取れれば、社会の中にすでにある支援や資源を活用しやすくなりますし、生活自体も早期に安定しやすくなります。

日本語教育機会の推進は、外国人のためだけじゃない

 移民受け入れ国のドイツ、オーストラリア、カナダ、韓国などでは400時間~900時間以上の集中的な言語教育機会を無償または低価格で提供していますが、これは外国人優遇ではなく、入国直後にその国の言葉を集中的に習得してもらうことが、移民個人の社会への適応や自立だけでなく、社会全体の安定や活性化のために重要であり、結果としてその国に暮らす人々にとって必要な投資であることが理解されているからです。

 一方で、日本は公的支援の乏しさに加え、日本語教師の専門性への認識や雇用環境自体が整っていない状況です。現在「日本語教師」は全国に39,588人いますがその内の約60%が無償のボランティアであり、非常勤講師が30%、常勤で勤務する方はわずか13%に留まっています。給与水準が低く、日本語教師は食べていけないからと若い人たちが参加することが難しいことが一因です。このように「日本語教師」と言う資格自体が公的に整備されていない中、ボランティア同様、専門の日本語教師も高齢化による担い手不足が懸念されています。日本語教育推進法の成立を機に、職業としての日本語教師の資格についても議論がようやくはじまったところであり、これからの動向が注目を集めています。

 今後、日本語教育推進法を足場に、どのような「日本語教育機会の保障」を行ってくのか。すでに多くの課題に直面する現状への対応だけでなく、多様性の高まる日本社会全体のために国が責任を持って財政措置を伴う政策を生み出してゆく必要がありますし、自治体はその枠組みを活用し、地域ニーズに基づいた施策を実施してゆかなくてはなりません。そして何よりも、私たち一人ひとりが身近な外国人や海外ルーツの方々と共に生きる地域の在り方について関心を持ち続けることが大切です。

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