近年、「文化盗用」ということばをネット上でよく見かけるようになった。とはいえ、検索しても日本語の辞書サイトではヒットせず、Googleトレンドでも少なすぎて検索動向をみることはできない。一般に広く使われているわけではないようだ(後述のようにこれはこのことばの背景を考えればさもありなんといえる)。
英語では「cultural appropriation」という。辞書サイトには「自身が属するのとは異なる文化の産物を利用すること、特にその際当該文化に対する理解や敬意を持たない場合」といった意味が載っていた。簡単にいえば「他人の文化を勝手に利用すること」ぐらいの意味だろうか。Googleトレンドで検索動向をみると、2012年ごろから次第に増えている。このことば自体はずっと以前からあったものだが、一般の注目を集めるようになったのは比較的最近であることがうかがえる。
下着に「kimono」は、ふんどしに「タキシード」と名づけるようなもの
文化盗用は批判の対象であって、炎上の実例は枚挙にいとまがない。ごく最近では米国のタレント、キム・カーダシアンが自身のブランドで売り出す補正下着を「kimono」という名で商標登録しようとしたことが大きな批判を呼び、結局撤回に追い込まれた。米国の歌手、アリアナ・グランデが自らの手に漢字の入れ墨をして「文化盗用」との声が挙がったのも今年のことだ。もちろん、「盗用」が批判されるのは日本の文化だけではない。黒人やネイティブアメリカンなど欧米におけるマイノリティの文化についても批判を呼んだケースが数多くある。
しかし、こうした動きに対しては、やりすぎだという批判も多くみられる。キム・カーダシアンのケースでは、私もあれはひどいと声を上げたひとりではあるが、それは米国人である彼女が日本の文化を勝手に利用したからではなく、下着に「kimono」と名づけることがおかしいと感じたからだ。たとえてみれば、それはふんどしを「タキシード」と名づけるようなものだろう。混同することはないと思うが、なまじ衣類という同カテゴリーであるだけに違和感は否めない。ヨーロッパの便器メーカーであるスフィンクス社製の便器には「Sphinx」のロゴとスフィンクスのようなマークが入っているが、そういうものとは違うのだ。
とはいえ、キム・カーダシアンと同じことを日本人がしたとしても同じように批判しただろうから、これは少なくとも文化盗用の話ではない。「理解や敬意がなければ盗用」といわれても、理解や敬意の不存在を客観的に証明するのはその存在を証明するのと同じくらい難しい。実際、彼女は着物を高く評価しているがゆえに、そのイメージにあやかろうとしたのだし。