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難関校はもともと学力の高い生徒が集まっているだけ?「良い学校」の見極め方とは

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「Getty Images」より

 「良い」学校というと、みなさんはどのような学校を思い浮かべるでしょうか? 入試の難易度が高く、優秀な生徒ばかりが入学して、進学実績も良い難関校のことでしょうか?

 確かに、そのような学校は学力という点からもピア効果が期待できますし、卒業後もOB・OGネットワークや同級生ネットワークを活かしてビジネスなどの世界で活躍することも期待できます。しかし、別の物差しを使って見てもそのような難関校は良い学校だと言えるでしょうか?

 教育の目的は様々です。たとえば、学習者に「新たな」知識やスキルを与えて生産性を伸ばし所得を向上させ、ひいては経済発展を起こすことも目的のひとつと言えます。

 ここで重要になるのは「新たな」という点です。この物差しで見れば、たとえ、入試難易度が低く、入学してくる生徒の学力もそれほど高くなくても、卒業生を高賃金の仕事や難関校へ送り出せる学校は、「良い」学校になります。

 反対に、この物差しで測ると難関校は「良い」学校とは言えなくなるかもしれません。もしかしたら難関校と呼ばれる学校は、単に入学生の学力が高いために進学実績も高くなっているだけで、生徒に対して、効果的に新しい知識やスキルを与えられていないのではないでしょうか? 今回は、この点について話をしてきます。

難関校は「良い」学校か?

 難関校が子供の学力を向上させられているのかどうかは、近年米国で大きな注目を集めています。特に注目を集めているのは、公立の難関校です。日本の公立高校の中にもいわゆる難関校が存在しているので、問題の構図はほぼほぼ同じです。

 高い学力を持つ生徒は資源と言えます。ピア効果についての記事で説明した通り、高学力の生徒は、低学力の生徒に足を引っ張られないどころか、低学力の生徒の学力を引き上げる効果が期待できるからです。

 つまり、高学力の生徒を一つの学校に集めるのではなく他の学校に満遍なく行き渡るように生徒の選抜を行えば、ピア効果の発動により低学力の生徒の学力向上が見込めます。そのため、もし難関校が高学力の生徒に新たな知識やスキルを与える(≒学力を引き上げる)ことに失敗しているのであれば、難関校の存在意義が大きく揺るぎます。

 しかし、この新しい知識やスキルを生徒に与えられたかという観点から学校を評価するのは、なかなか難しいことです。なぜなら、例えば、難関校と非難関校の実績を単純に比較してしまうと、元々学力の高い生徒が集まっているだけなのか、学校での指導が効果的なのかの区別がつきません。また入学時と卒業時の成績の差を単純に比較しても、在籍時の成績の伸びが家庭要因に拠るものなのか、学校要因に拠るものなのかも区別がつきません(例えば、学力の伸びが難関校で大きい場合、それが難関校の教育に拠るものなのか、それとも難関校に子供を合格させるような保護者の影響なのか、どちらなのかは分からないはずです)。また、ランダムに生徒達を難関校と非難関校に割り振ることも極めて難しいでしょう。

 ではどうすれば難関校の効果を確かめることができるでしょうか? ここでイメージして欲しいのは、難関校にギリギリ合格した集団と、ギリギリ不合格になった集団です。一般論として入学試験は信頼性が高い、すなわち何度試験を受け直しても比較的同じ点数が出るように作成されているはずです。とはいえ何度試験を受け直しても全く同じ点数が出る、ようにはなりません。

 このような時に、ギリギリ合格した集団とギリギリ不合格になった集団を混ぜ合わせて、何百回・何千回と入学試験を受けさせて、その平均点が合格に到達したか否かで合否を判断すれば、真の学力によってギリギリの合否集団が決められたと考えられるでしょう。しかし、入学試験のチャンスは限られているものです。一発勝負で決めた場合、ギリギリ集団の合否の分かれ目は、試験の信頼性に拠るところが大きくなります。それが味方となるか敵となるかはほぼほぼ運となり合否がランダムに決まっているのです。

 つまりギリギリ集団の入試結果は、疑似的にランダムに難関校と非難関校に割り振られた状況となるはずなのです。

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