
Billie Eilish 『bad guy』(2019年)――「あなたが私を支配しているってフリをしてあげるから」
近年、欧米のチャートを賑わせるヒットソングの傾向にとある顕著な変化が見られることが、2つの研究調査で判明した。それは、歌詞や曲調に”悲しみ”や”怒り”など、ネガティブな感情を表現した曲が過去に比べて増加したというものである。
現代のポップミュージックにおけるネガティビティ増加の原因とは一体何なのだろうか。そして、最新のアーティストたちはネガティブな感情に乗せどんなメッセージを発信し、リスナーはどのようにそれを享受しているのだろうか?
ヒットソングの傾向”暗くて踊りやすいトラック”
ローレンス工科大学のLior Shamir氏は、1951年から2016年までの間にHot 100にチャート入りした6,150曲のシングルの歌詞を収集、それらの内容を分析した。この調査に使用したソフトウェアは、悲しみ、恐怖、嫌悪、喜び、外向性など、さまざまな感情状態や性格特性の言語マーカーを識別するようにプログラミングされたもので、例えば、世界的ヒットソングのBonnie Tyler『Total Eclipse of the Heart』(1983年)の主な感情は“悲しみ”であり、その感情のスコアは最大値1のうち、0.51と識別される。一方、日本では西城秀樹によるカバー版もお馴染みとなったVillage People『YMCA』(1978年)は“喜び”で0.65、昨年『ボヘミアン・ラプソディ』の公開で再注目された楽曲、Queen『We Will Rock You』(1977年)は“外向性”というスケールで0.85を記録している。
Shamir氏はこのソフトを使用して各年の感情スコアを平均値化し、それらがどのように変わっていったかを計測した結果、65年前と現代では怒りと嫌悪感の表現は約2倍になり、恐怖は50%以上も増加したことが分かった。特筆すべき点は、今日のヒットソングはパンクの全盛期よりもさらに攻撃的な内容が多く含まれているというデータである。また80年代まであまり増減の変化が見られなかった悲しみの感情スケールは、その後2010年代初頭まで着実に増加し、一方で喜び、自信、そして開放感の表現は着実に減少しているという結果が出た。「50年代後半と比較すると、現代のポップミュージックの歌詞には非常に大きな違いがある」とShamir氏は指摘した。「歌詞に怒り、恐怖、悲しみの表現が増加し、そして喜びが減少した。これは、非常に一貫した明確な変化といえる」。
また、カリフォルニア大学のNatalia Komorova氏の研究によると、歌詞の内容だけではなく曲調による感情表現にも変化が見られるという。Komorova氏はAcoustic Brainzという、メジャーコードやマイナーコード、またテンポなどの音楽的特性を抽出するデータベースを使用し、1985年から2015年の間に英国でリリースされた50万曲のスコアから曲調の傾向を分析した。この場合の曲調による感情表現というのは、音楽心理学に基づいた実証研究の結果を拠りどころとしたものである。
その結果、1985年と比較して現代の音楽シーンでは、Pharrell Williams『Happy』(2013年)やRihannna『Diamonds』(2012年)に代表されるような“幸福”と“明るさ”を感じる音楽的要素を主とする楽曲は減少傾向にあるという。代わりに、Robyn『Dancing on my Own』(2010年)やCharlie XCX『Pop2』(2018年)で使用されるような、倍音の減少や特定の和音によって生成される“悲しみ”“怒り”の要素は過去30年ほどで増加していることが判明したという(この結果はあくまで全体の傾向であると強調されている)。しかし一方で、リズムの特性としては「踊りやすさ」が過去30年間で増加したということも明らかになった。ここでKomorova氏は先述のShamir氏の研究結果を引用し、ネガティブな感情を歌う内容に比例して踊りやすいリズムで構成された楽曲が増えていると分析、Beyoncé『Lemonade』(2016年)を例に挙げ、”暗くて踊りやすいトラック”が近年の聴衆に求められていると解説している。
ポップミュージックの変容とSNS
このような近年のポップミュージックの変容についてBBCの取材に応えたレコードプロデューサー、シンガー、ソングライターのMike Bat氏は、今日のポップミュージックにおけるネガティビティは社会的変化に起因されているだろうと語っている。「ポップミュージックは、故意であろうとなかろうと、社会を映す鏡となる傾向がある。または少なくとも世界で起こっていることによって影響を受けるものだ」。「ソーシャルメディア世代は日常のなかで強く明確に表現されたストレスを経験している。政治や宗教的、人種的な緊張の中に存在する攻撃性はいつの社会も普遍的に抱えるものだが、今日の若者はSNSなどを通じ、より頻繁にそしてより直接的に直面するものとなっている。これは私たちの歌に反映されるはずだ」。
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