ネガティヴな感情がエンパワーする
しかし、この世界を彩るヒットソングは、聴衆をただただネガティヴな感情に浸らせているわけではない。”悲しみ”や”怒り”、“孤独感”をもって人々を牽引するヒットソング4曲を例に、今日の聴衆がポップミュージックに求める現代特有のエンパワーメント法をみていこう。
1.『thank u,next』Ariana Grande(2019年)
失恋ソングでありながら、今までの元彼たちに“あなた達がいたから私は先に進める”と感謝する内容。これまでの失敗や悲しみを嘆くのではなく「Thank you,next(ありがとう、さあ次よ)」と受容していく歌詞は、2017年にマンチェスターで開催した自身のコンサート会場でテロが発生したことによりPTSDを患ったのち、昨年元恋人を亡くす痛ましい経験をしながらも決してマイクを離さなかったアリアナの強い想いが込められている。
2.『New Rules』Dua Lipa(2017年)
自分を愛していない男性に入れこんでしまっている自分自身、そしてすべての女性たちに向け「彼の電話は絶対にとるな」「また追い出す羽目になるだけなんだから、家に入れちゃダメ」「どうせ彼のベッドで目を覚ますことになることは分かっているでしょう?彼の友達にならないで」など”新しいルール”を提案することで、慰めるのはなく具体的な策を与える。女性たちの連帯を見事に表したMVも秀逸。
3.『Kill This Love』BLACK PINK (2019年)
自分自身を大切にするために、いまの悲しみを絶とうというメッセージが「この恋を終わらせなければ、あなたがダメになる Let’s kill this love」というサグなリリックと壮大なホーン、大迫力の低音ビートで構成された楽曲で伝えられる。MVに登場する巨大な殺人装置(?)も話題となった。
4.『bad guy』Billie Eilish(2019年)
脱力したボーカルとダウナーな曲調によって“Dancing in the dark(暗闇の中のダンス)”と評される、この心地よくもダンサブルな楽曲は、暗くて踊りやすいトラックの代表格だろう。いつも怒っている男性たちに向かって「あなたは自分が悪くてタフな男だと思ってるのね」「あなたに支配されるのが好きよ、本当は支配されてなんていないけど」「あなたが私を支配しているってフリをしてあげるから」「私がバッド・ガイなのよ」と静観した姿勢で諭す内容となっており、男性だけでなく女性も一般的にいうバッド・ガイになれるということを前提とした姿勢をみせつつ、男性主義に囚われた男性たちに現実を突きつける。
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これらに代表される最新のヒットソングを歌う人気アーティストたちがネガティビティに載せて届けるのは、”悲しみ、怒り、孤独感を抱えたリスナーに寄り添い、個人の純粋な意志を肯定する”といったメッセージである。
先述でMike Bat氏が指摘していた通り、他人の悪意や攻撃性によりダイレクトに触れる機会が増えたソーシャルメディア世代は、一方でSNS上で繰り広げられる他人の不特定多数に対する“幸せ自慢”に戸惑いを感じることも多いだろう。そんな彼らに対し、『thank u, next』では「I’ve loved and I’ve lost But that’s not what I see(愛して失ったけれどそれだけじゃない)」、『New Rules』では「Now I’m standing back from it, I finally see the pattern(今の自分を客観視して、ついに法則を見つけたわ)」、『Kill This Love』では「He said you look crazy Thank you baby,I owe it all you(彼は言ったわ、“お前は狂ってる”って。ありがとベイビー、あんたのおかげよ)」という表現をもって、ネガティブな感情を抱えているリスナーの現状そのものを認め、ありのままの姿で前進することを促している。そう、暗闇の中でも人は踊れるのだ。
Bat氏は自身のソングライティングを省みて、現代のポップミュージックが示すべき道標をこう語っている——「私たち自身の負の感情をありのままに認識することは、とても大切なことだと思う。ネガティビティだって私たちの世界を動かす原動力になるんだよ」。
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