社会

黒人の人魚はあり得ない?~ディズニー実写版『リトル・マーメイド』炎上の理由

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 ディズニー実写版『リトル・マーメイド/人魚姫』の主役、人魚のアリエル役にR&Bシンガーのハリー・ベイリーが抜擢された。このニュースが流れるや、SNS上で大論争が巻き起こった。

 ハリー・ベイリーは姉クロエとの姉妹R&Bデュオ Chloe x Halle の一人。中学生時代にビヨンセの曲のカヴァーがユーチューブで話題となり、ビヨンセ本人の目に止まったことからデビューを果たしている。ハリーは7月3日に「夢が現実になった……」と、黒人の人魚のイラストをツイッターにアップした。

Chloe x Halle (イラストはファン・アート)

Chloe x Halle のインスタグラム

 予想外のニュースに嬉しいショックを受け、やがて喜びに満ちあふれた黒人ファンが黒人マーメイドのイラストを描いてはアップし始めた。ハリー・ベイリーに似せたものから全くのオリジナルまで、どれもがハッピーに満ち満ちていた。

 同時に #NotMyAriel(私のアリエルじゃない)というハッシュタグが作られ、「アリエルは白人だ、黒人ではない」という抗議のコメントが殺到した。ここに書くのは憚られるほどの苛烈なヘイト・メッセージもあれば、「これは人種差別じゃなくて、君はモアナなら演じられるけど、アリエルは無理」と、アフリカン・アメリカンのハリー・ベイリーと、南太平洋系のモアナを混同したもの、「黒人は強い日差し対策で肌が黒くなった。人魚は海中にいるからそうならない」と、理屈の通らない “科学” を盛り込んだものもあった。

 それらの中でアンチ黒人マーメイド派の共感をもっとも強く誘ったのは、「私の子供時代の思い出が台無し」だと思われる。「リトル・マーメイドと我々の子供時代の思い出に正義を!!」と、主役変更を訴えるオンライン署名まで始められた。「思い出」については後述する。

 黒人マーメイドは、本来は白人の役を黒人化する「ブラックウォッシュだ」とする声もあった。一方で、「昔から映画ではイエス・キリストからクレオ・パトラまで有色人種の役を白人が演じているが?」と、ホワイトウォッシュの伝統を訴える反論があった。その最近例として、「原作では金髪のアクアマンをジェイソン・モモアが演じても誰も文句言わなかったよな」もあった。モモアはハワイ先住民と白人のミックスで、モモア演じるアクアマンはブルネット(濃い茶色の髪)だった。

 ブラック・マーメイドの絵を描き、セレブレーション状態だったブラック・マーメイド肯定派は、アンチ派からの怒りのコメントが出れば出るほど、ユーモアで対抗した。

 SNSには、黒人男性がマーメイドの扮装で「アリエル役のオーディションに出るんだ!」と『リトル・マーメイド』のテーマソングを歌っているビデオや、「じゃあ、アリエルの父のトリトン王はイドリス・エルバってことで」と次期『007』役と噂されている黒人俳優エルバとトリトン王をコラージュした画像、昨年カリフォルニア州の公園で黒人一家がBBQを「違法に」行っていると警察に通報して非難された白人女性が黒人マーメイドを通報しているコラージュ画像などが続々とアップされた。

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ウェジー 2018.05.17

 ニュース番組でも取り上げられ、黒人女性ジャーナリストのジョイ・リードは「アリエルは人間じゃなくて、空想上のキャラクターなのに!」と番組内で大笑いした。

 さらに、アリエルが恋に落ちる人間のエリック王子役に、K-Popのスーパーグループ、BTSのジミンを推すツイートが大量に出回った。「黒人のアリエルとアジア系の王子ジミンで人種問題をひっくり返しちゃえ」というコメントもあった。

 ハリー・ベイリー抜擢の発表から4日後の7月7日になると、ディズニー傘下のケーブルTVチャンネル、フリーフォームが公開書簡を出した。子供向けのディズニー・チャンネルと異なり、フリーフォームは10~30代、つまり今回の議論を行っている世代が対象のチャンネルだ。

 書簡は「かわいそうで、不運な人たちへの公開書簡」と題されており、ユーモアを散りばめながらもハリー・ベイリー抜擢の理由を明確に記している。

 書簡には、童話『人魚姫』の原作者はデンマーク人(アンデルセン)であることからアリエルもデンマーク人であり、黒人のデンマーク人も存在し得ることから、黒人のアリエルもまた存在し得る。……が、つまるところアリエルは想像上のキャラクターであり、したがって驚くほど素晴らしく、センセーショナルで、非常に才能ある、ゴージャスなハリー・ベイリーは「インスパイア」されたキャスティングであり、オリジナル・アニメのアリエルに似ていないからといって受け入れられないのであれば、あぁ、なんと、それは君の問題である……といった内容が書かれている。かつ重要な脇役のカニのセバスチャンが「ジャマイカ人(=黒人)」(*)であることを、さりげなく強調している。

 興味深いのは、上記の一連の流れが「黒人によるセレブレーション」→「主に白人からの激しい抗議」→「黒人側からのユーモアによる返答」となっている点だ。既得権を脅かされたマジョリティ側の焦りと恐怖が現れた図式と言えるだろう。

(*)セバスチャンはジャマイカ系という設定になっており、原作ではカリブ海訛りの英語を話している。ただしジャマイカよりトリニダード・トバゴの訛りに近く、劇中でセバスチャンが歌う『アンダー・ザ・シー』もトリニダード・トバゴの音楽、カリプソ風になっている。これについてはエスニックの描き方が雑と言わざるを得ない。

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