
「Getty Images」より
債務問題がもたらす3つのリスク
前編では、昨年後半からの中国経済の減速傾向について、その背景として米中の貿易戦争、および債務問題とその対策としてのデレバレッジ政策という二つの点から検討した。以下では、特に後者の債務問題、特に非金融企業部門におけるその拡大が中国経済にどのようなリスクをもたらすのか、三つの観点から考えてみたい。
米中貿易戦争、バブル崩壊……危機ばかり囁かれる中国経済の現状
米中貿易戦争と中国経済の現況 中国経済の減速に世界的な注目が集まっている。直近の7月15日に発表された2019年第2四半期(4~6月)の実質GDP(…
第一のリスクとして挙げられるのは、過剰な債務の多くが不良債権化し、日本のバブル崩壊後のような信用危機に見舞われる、という可能性である。ただしこの可能性はそれほど高くない。仮に2016年末の商業銀行全体の不良債権比率を関の主張するように公式統計の5倍の8.6%前後だとしても、銀行部門全体の自己資本比率である13.7%(2017年末)を大きく下回っており、それが全て同時に破綻したとしても、マクロ的には銀行部門が債務超過に陥ることはないからである。
中国人民銀行と中国銀行保険監督管理委員会は2019年6月になり、内モンゴル自治区の都市商業銀行(中小規模の地方銀行)である包商銀行に深刻な信用危機が生じたとして、同行の経営接収を発表した。海外のメディアなどではこの問題を、かねてからの中国の債務問題のリスクが顕在化したものとして深刻にとらえる論調も存在する。しかし、全国に140ほどある都市商業銀行はもともと地元政府との結びつきが強く、その意向を反映したかなりリスクの高い貸し付けを行っているケースが少なくないことが知られていた。今回の包商銀行の当局による経営接収は、そういった潜在的リスクを抱える金融機関の経営が悪化した時の処理のスキームを示したものとして、むしろ金融システムの安定化に寄与する動きだったと評価できよう。
もう一つのリスクが、景気後退期において民間企業が抱えている債務が足かせとなって新規投資を委縮させるため、資金調達も困難になる、いわゆるデット・オーバーハングといわれる現象の原因となり、景気回復を遅らせるというものである。なぜなら、景気後退期においては多くの企業が既存債務の返済を優先させ、新規投資を手控えようとするからだ。
図3が示すように、近年において中国の消費者物価水準(CPI)はプラス1.5~2%と非常に安定した状態が続いている。しかし、PPIは景気の動向を反映して、乱高下を続けている。特に上述のように民間部門が大きな債務を抱えるような状況の中では、生産者物価指数の低迷、すなわち、企業の売上高の減少は実質債務の拡大を意味し、債務を抱える企業にとっては深刻なリスクとなる。
一般に、このような状況で望ましい経済政策の組み合わせとは、資源配分の効率性を高める改革を行う一方で、改革の実施が需要面にもたらす負の影響を和らげるため持続的な金融緩和を行い、同時に名目為替レートの減価を容認する、といったものになるはずだ。しかし、近年の中国では望ましいマクロ経済政策の組み合わせの実現が為替制度の硬直性によってしばしば妨げてきたと考えられる。
というのも、中国では長らく硬直的な為替制度が、金利引き下げや量的緩和などの金融緩和政策の効果を削いできたからだ(梶谷、2018)。たとえば、2014年8月より2015年8月までの間、香港で取引される1年物の元ドル先物レートは人民元の対ドルスポットレートに比べて3%から4%ほど元安水準で推移してきた。つまり、年率にして3~4%の元安期待が存在するにもかかわらず、同時期の元ドルスポットレートは同じ時期にかけて約0.5%減価したのみであった。
このことは、同時期に中国人民銀行が為替の減価を防ぐために継続的に元買い介入を行っていたことを意味する。このような中央銀行による元買い介入は、国内に流通する元が回収されることを意味するので、準備預金率の引き下げなどの金融緩和政策を相殺してきたと考えられる。例えば、2015年第3、第4四半期には外貨準備高が減少しただけではなく、現金通貨量と中央銀行準備金を合わせたベースマネーの伸びは対前年比で減少している(図5)。
トランプ政権の誕生と元安圧力
その後、政策当局は主要通貨によって形成される通貨バスケットに人民元をペッグすることで、緩やかに元の変動幅を広げていくことを選択した。この政策への信頼性を高めるため、中国人民銀行は2016年12月に通貨バスケットの各構成通貨の比率を公表するとともに、中国外貨取引センター(CFETS)を通じて人民元のバスケットに対する変動比率を1週間ごとに公表することに踏み切った。その後、当局による緩やかな元安への誘導と、それに合わせた財政・金融面での緩和策が功を奏し、中国経済は景気回復への道をたどった。
しかし、順調な状況は長くは続かなかった。国内投資の増加を掲げるトランプ政権の誕生により、米金利の上昇が見込まれ、再び強力なドル高=元安圧力が市場に働いたからである。中国人民銀行は、米国の金利上昇を予想してドルが買われ、人民元相場が急速に下落することを防ぐため、現地法人が5万ドルを超える利潤を海外送金する際に銀行による審査を厳格化するなど、資本の対外流出を厳しく制限した。

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図6:元ドルレートの推移(2016年1月~2019年6月)
出所:CEIC Data(http://www.ceicdata.com/ja)
また、2017年6月初旬より、それまで前日の市場価格を参照して決められていた元-ドルレートの基準値を、「逆周期因子」を加味した新たな方法で算出するようになった。「逆周期因子」とは、前日の為替の変動のうち、実需の変動による値動きを推計し、その値動きに「マイナス3分の2」を掛けて算出されるもので、結果的に変動幅を抑える働きを持つ。
その後2018年1月には元安傾向に一定の歯止めがかかったとして、基準値は再び市場価格を参照して決定されるようになるが、1ドル=6.8元を超えて元安が進んだ2018年8月24日になると、再び「逆周期因子」を導入されることが公表され、それ以上の為替の下落を防ぐ政策が採られた(露口、2018)。そして、直近でもスポットレートが1ドル=6.9元の水準に近付くと再び為替レートの変動が抑えられ、デフレ圧力がかかるという問題が生じている(図6) 。
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