「財政均衡」と「反緊縮」の対立は中国でも起きている? 世界経済に大きな影響を与える中国の経済政策

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財政政策と金融政策の連動

 さて、人民元の対ドルレート維持が足かせとなり、金融緩和を通じた景気のテコ入れに一定の限界が生じる中、中国政府はどのようなマクロ経済政策を実施しようとしているのか。「積極的な財政政策」がその答えだろう。

 すでに2018年12月に開催された中央経済工作会議でその方向性が明確に打ち出されていたが、2019年3月に北京で開催された全国人民代表大会(中国の国会にあたる)で発表された政府活動報告では、財政を通じた景気刺激策へのコミットメントの姿勢が目立った。目玉となったのは大規模な減税で、製造業向けの増値税(付加価値税)を16%から13%へ、建設業については10%から9%への引き下げを軸にした昨年の1.3兆元を上回る規模での減税の実施が公表された。政府活動報告では、都市就業者の社会保障料の軽減と合わせ、約2兆元の企業負担の軽減を通じた景気刺激策が盛り込まれている。

 財政赤字については対GDP比3%という枠は堅持するものの、2018年の対GDP比2.6%を上回る2.8%まで拡大を容認することが明記された。予想される財政赤字の増加分は、政府債の発行によって埋めることが予想される。国債の発行額については具体的な数値は示されなかったものの、一時期発行が抑えられていた地方債については、1.35兆元から2.15兆元へと発行枠が大幅に積み増しされることになった。

 活動報告には、リーマン・ショック後に取られたなりふり構わぬ需要拡大策への反省を踏まえた、景気刺激策の手段を変化させようという中央政府の政策意図を読み取ることができる。従来の政府が号令をかけて投資を増やし、後追い的に金融でサポートするやり方に替り、今回は減税によって消費需要も刺激しつつ、政府の債券発行を通じて財政赤字をファイナンスする方向性が示されたのはその表れだ。

 一つの焦点となるのが、財政政策と金融政策の連携である。2019年1月16日には財政部国庫司副主任の郭方明が、人民銀行が国債の大量購入を通じて市中のマネーを増やし、金融緩和を実施する可能性を示唆する[1]など、財政部関係者から積極財政の必要性を訴える発言が相次いだ(王、2019)。同時期に、一貫して積極的な金融緩和策を唱えてきた中国社会科学院の余永定は、政府は財政赤字を3%の枠内に抑えてきた政府の均衡財政的な姿勢を批判し、政府は積極財政によって金融緩和をサポートすべきだ、という発言を盛んに行った[2]。

 これらの一連の動きで、重要な点が2点ある。一つは、これまで中国では財政赤字の水準が対GDP比で3%を上回ったこともなく、金融政策の手段として国債の売買が重要な地位を占めてこなかった、ということだ。例えば米連邦準備銀行及び日本銀行の保有する国債の総額は、資産総額のそれぞれ54%。84.7%にあたるのに対し[3]、中国人民銀行の場合は2017年末でわずか4.2%にしか過ぎない[4]。

 これは、先進国に比べ国債の保有主体が限られており、流動性が十分ではないことに起因している。したがって、人民銀行が本格的に国債の大量買い取りを通じた財政ファイナンスに乗り出すことは、市場の流動性を高め、より機動的な金融政策を行えるようにするという意味も持つ。

 もう一つの重要な点は、このような議論は、近年米国や日本などでもMMT(現代貨幣理論)やヘリコプターマネー論などの財政ファイナンスを重視した議論が注目されるなど、デフレや不況の克服に金融政策だけでは十分ではなく、財政連携との連携が不可欠であるという認識が広まってきたことと呼応するということだ。

2019年の政府活動報告では、財政と金融の連動への直接の言及はないものの、実質的にその方針を容認したのに等しい内容となっている。ただ、そのような積極的な財政政策を実施する場合でも、硬直的な為替制度を維持するのか、あるいは変動相場制に近づけていくのか、といった為替制度との組み合わせは改めて問題になるだろう。

 このところの中国政府がマクロ的な景気対策へと大きく舵を切ったことについては、それが国有企業改革を含む「構造改革」を遅らせるものだとして批判の声も根強い。しかし、今回の一連の処置はむしろ米国をはじめとした先進国で用いられてきた、国債の売買を通じて銀行間金利を調整する、ニューケインジアン的なマクロ経済政策を中国でも行うための政策手段の改革、という側面も持っている。その意味では、政府の一連の景気対策は、決して構造改革の実施と矛盾するものではなく、むしろその実行可能性を高めるために必要な措置だと考えた方がよいだろう。

 また、いわゆる財政均衡主義と積極的な財政・金融政策を主張する「反緊縮政策」との対立は、日本を含めた世界の重大な関心事項の一つになっている(松尾編、2019)。中国の場合は、地方政府の自律性がかなり大きいなど日本経済とは制度的に異なる点も大きいが、政策当局はこういった欧米そして日本におけるマクロ経済政策に関する議論を熱心に勉強しながら政策を練っていると考えられる。

 ただし、積極的な財政・金融政策の実施には落とし穴もある。これまでの中央政府と地方政府をめぐる「放(地方分権)」と「収(中央集権)」との綱引き関係を考慮すれば、中央がデレバレッジの手綱を緩めた途端、地方政府がこれまでのようななりふり構わない景気刺激策にむけて走り出さない保証はないからだ。実際、2019年度の第1四半期に新規発行された地方債の総額は1 兆1,847 億元(一般債5,187 億元、特別債6,660 億元)に達し、すでに政府活動報告で示された2019年の新規地方債発行枠の38%に達しているという(中国投資銀行部中国調査室、2019)[5]。いかに地方政府主導の非効率な投資を抑えながら、バランスの取れた景気刺激策を行っていくか、政府当局の手腕が改めて問われているといえよう[6]。

 いずれにせよ、中国が今後どのようなマクロ経済政策を採用していくのかという問題は、その実施が世界経済に大きな影響を与えるだけでなく、マクロ経済政策の効果に関する経済学の最先端の議論にも一定のインパクトを与えていくことが予想される。今後は中国経済の動向だけでなく、その政策決定に影響を及ぼす人々が、どのような経済学者の意見を取り入れ、どのような経済理論に依拠して中国経済のかじ取りを行っているのか、ということに関しても注目していく必要がありそうだ。

参考文献

梶谷懐(2018)『中国経済講義―統計の信頼性から成長の行方まで』中公新書
梶谷懐・藤井大輔(2018)『現代中国経済論(第2版)』ミネルヴァ書房
関辰一(2018)『中国経済成長の罠―金融危機とバランスシート不況』日本経済新聞出版社
中国投資銀行部中国調査室(2019)「景気支援への施策転換でマクロレバレッジが再度上昇:地方政府、家計部門、国有企業のデフォルトリスクに注目」『MUFG バンク(中国)経済週報』第427 期、2019年6月13日
露口洋介(2018)「人民元為替レートの動向」Science Portal China,2018年8月30日、https://spc.jst.go.jp/experiences/tsuyuguchi/tsuyuguchi_1808.html、2019年6月28日アクセス
松尾匡編(2019)『「反緊縮!」宣言』亜紀書房
王暁霞(2019)「寛財政 新基建」『財経』第552期、2019年3月4日

[1] 「争議“国债货币化”」『財経網』2019年1月18日、http://finance.caijing.com.cn/20190118/4556172.shtml、2019年6月30日アクセス。
[2] 「阻止中国経済増長放緩 余永定:財政、貨幣政策有必要双拡張」『香港01』2019年1月2日、https://www.hk01.com/宏觀解讀/277724、2019年6月30日アクセス。
[3] 「鐘正生:中行需要購買国债么?」『財新網』2019年1月22日、http://opinion.caixin.com/2019-01-22/101372670.html、2019年6月30日アクセス。
[4] 「央行購買国債発行貨幣 人民幣信用大転折」『華夏時報』2019年1月18日、https://baijiahao.baidu.com/s?id=1622951608504675309&wfr=spider&for=pc、2019年6月30日アクセス。
[5] 同レポートでは、当局が地方政府融資プラットフォームに対する管理が緩和傾向にあることも指摘されている。
[6] 実際、2019年度第2四半期の経済指標では、インフラ建設の伸びが前年比4.1%かなり控えめとなった。これは、上述のような本年第1四半期における、地方政府による地方債発行を通じた投資ドライブに、中央政府が待ったをかけた可能性を示唆している。

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