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BTSを通して触れる“多様性” 7人が世界と世界をつなぎ、人々は文化的境界を越えていく

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BTS「Lights/Boy With Luv(初回限定盤B)」(Universal Music)

 わたしが彼らと対面してから、早いもので5年以上が過ぎた。

 2014年6月20日、13時30分からの1時間強。わたしがBTSこと防弾少年団ことバンタンソニョンダンを取材したのは、後にも先にもその一回きりである。以来、コンタクトはない。いつぞや、さいたまスーパーアリーナ公演で、ラップ・モンスター(わたしは今でもRMをこう呼ぶ)が乗る「お立ち台カー」がスタンド客席に近づく中、わたしの方を向いた時に彼の顔が微妙に引きつったように見えた……が、気のせいだろう。

 だが、なんにしても、その一度だけの取材はわたしの宝物である。『これは水です』のデヴィッド・フォスター・ウォレスと過ごした数日間を記したメモワールがベストセラーとなり、『人生はローリングストーン』として映画化までされたDavid Lipskyに通じるだろうか(?)。

 その一回きりの取材直後に撮った、BTSとわたしが一緒に写った「証拠写真」。それをARMY諸氏がウルトラ拡散してくれたため、わたしのツイッター(DM開放)には、見知らぬ人々からメッセージが届くようになった。しかも世界中からだ。アメリカ、ブラジル、ドイツ、スペイン、オマーン、サウジアラビア。トルコやカタールならともかく、「極めて保守的な社会」と評されるサウジアラビアの女子高生とやり取りするようになるとはなあ。

 数百年のアレコレを経て仲がこじれてしまった、韓国の近くて遠い隣人である日本が見逃しがちなのは、防弾少年団のこんな部分ではないか……と時おり思う。BTSは軽々と諸文化を繋いでしまうから、彼らのファンであるだけで世界の多様性に触れることができるのだ、君が受け入れさえすれば。

 信じてくれ、既にわたしはその多様性のネットワークに取り込まれている。

多様な文化・歴史にリスペクトを捧げるBTS

 多様性のカギは、互いの違いを認め合い、各自が背負っている歴史を尊重すること。BTSの姿勢に関して言えば、それは彼ら自身が意識してのものだろうと思う。

 例えば2017年8月、シンガポールで。同国でのコンサートにて、事前提出したスマートフォンの番号から無作為に抽出されたファンと個別セルフィーを撮るという企画があった。そのファンのうちの一人がヒジャブを着用しているのを見て「あっ、ムスリム女性だ」と気づいたJ-HOPEは、メンバーに「直接の接触を避けるように」と呼びかけたという。握手やハグが親愛の情を示す流儀だとしても、それを好まない文化もあるのだから。……この一件に関するわたしの感動は、文章では伝えきれないだろう。ただ、機会があるたびに「これからの地球人はホソクのようにあるべきだ」と人前で話しているという事実は記しておく。

 それと。K-POPリスナーなら気づいているだろうが、韓国語には英語の「Nワード(黒人に対する侮蔑語。転じて、黒人が仲間内で使う呼びかけの言葉)」に似た響きの単語がある。そこでBTSはアメリカ公演において、歌詞に登場するその語句を別の単語に置き換えようという努力まで見せた。わたし自身は、「何もそこまでやらんでも」とは思う。だが、その真摯さは、「留学先で壮絶な体験をした」ことを売りにNワードを使っている日本人と対比して考えると、非常に興味深い。

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