表現とモラル、議論と再考の重要性
過去の美術作品のモラル観を巡って、メトロポリタン美術館は『夢見るテレーズ』の展示を続行、マンチェスター市立美術館は『ヒュラスとニンフたち』の一時撤去と、対応が分かれた。しかし、両者が共通して示したのは、作品を通してセクシュアリティやジェンダーに対する議論を深め、文化的価値観を更新させたいという姿勢だ。同じゴールに向かって、前者は展示を続けることで問題提議をし、後者は一時的に撤去することで“肯定派”と“否定派”が直接的に意見を交換する場を設けた。
冒頭で述べた通り、『トイ・ストーリー2』から一部シーンが削除されたのは、「#MeToo」ムーブメントの煽りを受けたためとみられている。ディズニーの思惑が、問題提議であったかどうかは定かではないが、世界中にファンを持つ人気シリーズが対応に踏み切ったことによって、表現に対する大きな関心を集めたことは間違いないだろう。
『トイ・ストーリー2』が公開された1999年、また『夢見るテレーズ』や『ヒュラスとニンフたち』が描かれた当時、各作品の表現は世の中に受け入れられるものだった。 しかしそれは、性差別や女性の地位が低いこと、権利が損なわれていることも、当たり前のものとして受け入れられていた、ということだ。こうした問題が日常的な会話にものぼるようになってきた現在においては、“見直しの余地を残す”表現として機能するのである。
『トイ・ストーリー4』にみる、新たな表現と価値観のアップデート
過去の表現におけるモラル観の見直しを取り巻く論争については先述の通りだが、新しく世に出る表現についてはどうか。それは、『トイ・ストーリー4』における、現在の世情を汲んだ設定変更に見ることができる。
『トイ・ストーリー4』における最も大きな変更点のひとつとして話題に上がっているのは、主人公ウッディとの恋仲も噂されていた陶器製の羊飼い人形、ボー・ピープのキャラクター設定だ。ボーはシリーズ一作目と二作目に登場していたが、前作の三作目には姿を見せず、ファンの間では「いなくなってしまった仲間」として名前が上がっていた。
この背景には、乱暴におもちゃを扱う年少組の子供たちのいる保育園が舞台であり、激しいアクションシーンも見所だった『トイ・ストーリー3』において、繊細な陶器製人形である淑女、ボーが活躍することが難しかったからではないかという憶測が立っていた。
しかし、最新作『トイ・ストーリー4』で主要キャラクターとしてシリーズに帰ってきたボーの大きな変化は、ファンを驚かせた。トレードマークだったふんわりと拡がるロングスカートを脱ぎ捨て、ジャンプスーツを纏う外見だけでなく、片手に持ったステッキで敵のおもちゃたちを撃退し、陶器製の身体が壊れてしまうことも厭わず勇ましく飛び回るその姿は、“ウッディのお相手”としての立ち位置だけでなく、意志を持つ自立した女性としての新たなアイデンティティを確立したのだ。
監督のジョシュ・クーリーは、前作『トイ・ストーリー3』が“見事な幕切れ”と絶賛され、大きな成功を収めた作品だけに、その続編に乗り出すことは大きな賭けだったと語った。しかし、その一方で「製作中、スタッフの間では本作を『ボー』というコードネームで呼んでいた」ほどに、この新たなボー・ピープ像こそが最新作を作る原動力となったと話し、その背景を次のように打ち明けた。
「私には10歳の娘がいる。彼女は部屋に『ワンダー・ウーマン』(マーベル初の女性主人公)と、『スター・ウォーズ』のレイ(シリーズ初の女性主人公)のポスターを飾っているんだ。私は彼女の部屋を掃除していた時、ふと“この次には誰のポスターが飾られるんだろう?”と思った」
「私の目標は、娘のような小さな女の子が憧れることのできるクールな女性キャラスターを作ることだった。彼女が次に飾るのが、ボー・ピープのポスターだったら嬉しいよ」
その後、クーリー監督は、娘がジャンプスーツ姿のボー人形を握りしめて眠っている姿を見て「報われた」と感じたことを語った。